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謡曲 『夜討曾我』(ようちそが)

 ツレ 曾我の十郎
 前シテ 曾我の五郎
 トモ 團三郎
 トモ 鬼王
 アヒ 大藤内
 アドアヒ 侍
 ツレ 御所の五郎丸
 ツレ 古屋の五郎 立衆(他の武士)
 後ジテ 曾我の五郎

 『夜討曾我』の劇的な意味は、〈間〉の変化にある。
 例えば、修羅物の『清経』や鬘物の『東北』では〈間〉が由来譚として語られるが、『夜討曾我』では曾我兄弟の夜討に出会った工藤祐経の護身役である大藤内と、それを追って逃げてくる侍との掛け合いで劇がすすめられてゆく。
 つまり、そこはもはや由来譚ではなく、夜討の様子が現在形で、
「某もよもやこれほどの事はあるまいと思うたれば、何者が手引をしたやら、今夜彼の兄弟の者が狩場へ忍び入つての」
 というように語られる。
 これは劇的表現の飛躍を意味していて、〈間〉も劇的構成のひとつの必然的な要素になっている。  
 『夜討曾我』で面白いのは、やはりこの〈間〉の大藤内と侍との掛け合いである。大藤内が女の小袖を引っ掛けて登場するというのも劇的なふくみがあるし、一連の恐怖の中に、人間の弱さや騙しやずるさが盛られていて、笑いを誘われる。

間(大藤内)
 早鼓の間にアヒのオモ(吉備津(きびつ)の宮の神主・大藤内(おほとうない))、足拍子を踏んで、橋掛から逃げて来る。寝室から逃げ出した形で、女の小袖(唐織)を引っかけ、帯は結ぶひまもなく、烏帽子を傾けてかぶり、手に尺八を持つ後(あと)からアド(侍)が追つかける。

オモ アア助けてくれい助けてくれい。
アド イヤなかなかこれは何(なん)としたことでござる。
オモ アア斬(き)つたわ斬つたわ。出逢へ出逢へ出逢へ、ゆるいてくれい・ゆるいてくれい。
アド イヤのうのう私でござる・何としたぞ。
オモ 私とは誰ぢや。
アザ 某でござる。
オモ エイわごりよか。そなたは何として來たぞ。
アド さればその事でござる。私は狩場の廻りを仰せ付けられて廻りまするところに、こなたがあまり取り乱(みだ)いた体(てい)でござるによつて駆けつけてまいりました。
オモ やれやれようこそ駈けつけておくりやつた。胸がだくめいてならぬ。先づだくめきを治(なお)いて話いて聞かさうが、彼(か)の曾我兄弟のことよ。
アド 曾我兄弟が何といたしましたぞ。
オモ さればその事ぢゃ。彼等が父河津の三郎は、赤澤山(あかざわやま)の狩(かり)くらにて火(を)串(ごし)の矢にあたり死なれたを、彼(か)の兄弟の者が工藤左衛門祐経こそ親の仇(かたき)よと云つてつけねらふといふ程に、祐経殿もお心にかけたかして狩場では夜(よ)な夜な寝間を変へて寝られた。
アド ほふ。
オモ ところで某がいふは、なぜに左様のことをお心にかけらるるぞ、たとへ曾我兄弟の者がつけねらふと申しても、蟷螂(かまきり)が斧を持ちて龍車(りうしや)に向ふが如し、その上大藤内がお傍に居まするからは、彼等に指なりともささすることではござらぬと申したれば、さてさてそなたは健(け)なげなことを云うてくるるとあつて、身どもをばお傍(そば)を離されなんだ。
アド 定めて左様でござらう。
オモ 某もよもやこれほどの事はあるまいと思うたれば、何者が手引をしたやら、今夜彼(か)の兄弟の者が狩場へ忍び入つての。
アド 南無三宝。
オモ さすが河津の子供にてあるぞ。祐経殿の枕もとに立ちふさがり、いかに祐経仇(かたき)をも持つ者が、そのやうに枕高う寝るものか、起きよ起きよとあゆみの板をどうどうと踏み鳴らいたれば、祐経殿も御用心の上は、心得たと云うて枕もとの刀を押つ取つて立ち上らうと召されたところを、兄の十郎がぱッたりと斬りつけると、弟の五郎もぱッたりぱッたりぱッたりぱッたり。(泣く)
アド さてさてお痛(いた)はしい事でござる。
オモ 昨日までは一(ろお)別当工藤左衛門祐経とも云われた人が、どこが頭(あたま)やらどこが手やら足やら知れぬやうに斬つてしまうた。
アド やれやれそれはお痛はしい事でござる。その時こなた何となされた。
オモ ところで某もこれはならぬと思うて、枕もとの刀を押つ取つて。
アド イヤもうし、それは何でござる。
オモ ホウこれは宵に吹いた尺八ぢや。
アド さてさてむさとした、刀と尺八と取りちがゆるといふことがあるものでござるか。
オモ いやいやあの場になつては、刀やら尺八やら知るることではおりない・さりながら、身どもも大事の言葉をつがへてまいつた。
アド それは何と仰せられてござるぞ。
オモ 皆聞き給へ、今宵の夜討は曾我兄弟の者よ。後日に争ひ給ふな。その証拠には、吉備津の宮の神主大藤内これにありやと。
アド 高らかに仰せられたでござらう。
オモ 申さう申さうと存じたばかりで得(え)申さなんだ。
アド これはいかなこと。そのやうな卑怯な事があるものでござるか。それはともあれこなたは帯ろをなされぬか。
オモ いやいや手が震へて帯もならぬ。
アド それならば私が締めて上げませう。
オモ それならば締めておくりやれ。
アド 心得ました。
オモ さてさて某はあぶない命を拾うた。
アド 仰せらるる通り恐ろしい目に逢はせられてござる。 (帯を締め終る。)
オモ 何とようおりやるか。
アド 一段とようござる。
オモ さて身どもはあまの命を拾うたに依つて寿命は長からうぞ。
アド まことに長うござりませうとも。
オモ 五百八十年。
アド 七周りまでも。
オモ とは云ふものの、某も随分足早に逃げたとは思へども、何とやら背中がひりひりとして気味がわるい。若し斬られてはないか見てくれさしめ。
アド 南無三宝。
オモ 何とした。
アド したたかに斬られてござる。
オモ ああ悲しや悲しや、死ぬるわ死ぬるわ。
アド (笑って)これはいかなこと。イヤのうのう、斬られてはない程に、気を確かに持たしめ。
オモ 死ぬるわ死ぬるわ。
アド イヤのうのう、今のはざれごとでござる。斬られてはないほどに、気をたしかに持たしめ。
オモ なに、斬られてはないといふか。
アド なかなか。
オモ それは誠か。
アド 誠でござる。
オモ 真実か。
アド 一定(いちぢよお)でござる。・・・・・・ヤアヤアそれは誠か、真実か。さてさて恐ろしい事ぢや。
オモ アアこれこれ、そなたは何事をあわただしう云ふぞ。
アド こなたの聞かせらたならば、肝(きも)を潰(つぶ)させらるるでござらう。私は戻りまするぞ戻りまするぞ。
オモ イヤこれこれ、先づお待ちやれ。それは心もとない。いかやうな事ぢや。云うて聞かさしめ。
アド それならば云うて聞かせませう。彼の兄弟の者が。
オモ 兄弟の者が何とした。
アド こなたを斬リ漏らいたが残念なと云うて、今これへ斬つて來ると申す。
オモ 何ぢゃ、斬って來る。
アド 私はお先(さき)へまいりまする。
オモ アアこれこれ、それならば身どもも一所に連れて行つてくれさしめ。
アド そなたを連れて行つては、私まで斬られまする。戻りまするぞ戻りまするぞ。
オモ アアこれこれ、これまでさへ見届けてくれたことぢやに依って、平に連れて行つてくれさしめ。
アド いや私も命が惜しうござる。連れて行くことはなリませぬ。
オモ 命の親ぢやほどに連れて行つてくれさしめ。
アド いやいやどうあつても連れて行くことはなリませぬ。

 二人で揉み合ふ。アドがオモを突き倒す。

アド 戻るぞ戻るぞ、戻るぞ戻るぞ。(退場。)
オモ アア悲しや悲しや。コレコレ連れて行つてくれい。斬らるるわ斬らるるわ。アア腰が立たぬいヤイ。足が立たぬいヤイ。アア助けてくれい助けてくれい。助けてくれい助けてくれい。(退場)
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