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三澤憲治の演出日記
◇俳優歴13年、演出歴30年の広島で活動する演出家、三澤憲治の演出日記 三澤憲治プロフィール
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2017年5月27日

 
毎朝眺める源氏物語の草木の光景が、新緑の樹木に囲まれた古城の光景に変わった。これは病室から窓外に見ることしかできないが、古城は名前のごとく、わたしと広島との関わりを思い出させ、凜とした気持ちになる。なぜならわたしが演出家として一本立ちできたのも広島に来たからだ。 
 広島に来てから30数年間、「碁盤太平記」で29本の作品を創ったことになるが、客席数547席のアステールプラザ中ホールの1、2階の客席に座りきれず、1階の通路も満杯になり、2階の特別席まで開放したにもかかわらず、立ち見が出るほどの盛況だった「モモ」公演。
 それに比べれば、現在上演している「碁盤太平記」は、たかだか21席の客席さえ満席になることが数度しかない。 
 これは「碁盤太平記」の作品の質が悪いことを示しているのか。そうではない。作品の質は、「モモ」より上である。上ではあるが、お客様が質を求めることに重点をおかなくなったことが原因しているのではないか。わたしの芝居は、
「高尚過ぎる」
 と、よく言われるが、それを今さら改めようとは思わない。改めるくらいなら、なんのために60年も演劇をしてきたのかわからない、それこそ早く死んだほうがましだ。
「難しいことをわかりやすく、簡単なことを深く、深いことを面白くしたい」   
 というのが、わたしが芝居を創る上でのコンセプトだが、「碁盤太平記」は、天才近松門左衛門のおかげで、このコンセプトは充分に具現していると思う。お客様がわずか二人の時があったが、そのお客様でさえ「碁盤太平記」が終わっても、劇の余韻に浸り、なかなか席を立とうとされなかったのが、このことを示しているのではないか。わたしはこの光景を見て、一人密かに涙した。なぜなら、「碁盤太平記」の劇中に、原作にない次のようなセリフをつけ加えていたからだ。
 大星由良介から仇討ちの同士の書状にみな、
「討ち入りの好機到来と書いてある」 
 と知らされた息子の力弥は感極まって次のように言う。
「ついに時節到来、城明け渡しの時には二百数名いた同士が、今では45人、感無量でござりまする」
 これに由良介はこう切り返す。 
「量より質だ。平蔵親子を加えた47人こそ誠の忠臣忠義の武士ぞ」
 と。
 じぶんの信念を曲げずに行動するほど清々しいことはない。

2017年5月26日(金) 
 
 
目が覚めたらベランダに出て90数種類の源氏物語の花を眺める。一日の憩いの一時だ。冬場を除いて毎日水をやり、虫がついていないかどうか確かめ、剪定したり、鉢を選んで植え替えしたりして愛情深く大切に育てたから、今ではそれぞれの草木がわたしの求める理想の姿にだんだん近づいてきた。
〈2年前から始めた源氏物語の草木の育成。何事も10年やればプロだから、後8年もすれば見事な草木に仕立て上がるな〉 
 と期待していたのに、それも叶わなくなってしまうのか……。
 実はわたしは今、肺腺癌で、ある病院に入院している。わたしは、この演出日記で、わたしが感じたり、思ったりしていることを忌憚なくありのままに書いてきたので、癌になったのも躊躇なく告白することにした。今日からは、癌を患って感じていることから発生する演劇の話が多くなるだろう。
 
2017年5月12日(金)

アヤメの話

 
2年前、わたしが「源氏物語」の草木を育てているというので、懇意にしている園芸店の人から文目あやめ)をもらった。培養鉢に植えて、
〈来年の初夏には咲くだろう〉
 と、のんきに構えていたが、どういうわけか初夏になっても花芽がつかない。葉が茂るだけだ。不審に思って、園芸店の人に尋ねたところ、
「うちも咲かない。庭に植えてあるアヤメは咲いたが、鉢植えは、どんなに大きな鉢に植えても咲かない」
 ということだった。
〈どうしたら、ベランダでアヤメを咲かせることができるだろう?〉
 ウェブや図書館の文献を調べたが、解答は見つからない。それで、
〈とにかく庭植えのような環境を作ればいい〉
 と思い立ち、アヤメを鉢に植えるのではなく、木材で底の深い箱を作って、木が腐らないようにキシラデコールを塗り、たくさんの土に肥料を混ぜて、熊本から取り寄せたアヤメを三束入れ、今年になってから、何回か10リットルの液体肥料をやったところ、すべての株に花芽がついた。
 以下の写真は、一週間前に、木箱から化粧鉢に移し替えたものである。
〈ベランダでもアヤメの花を咲かせることができる〉
 わたしは大いに満足している。
 

文目(あやめ)
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