長くは続かない前世の定めだから寵愛した
「中の品」の女だから拒絶するしかない
愛着から憎悪に変貌する少女
源氏にとって藤壺と紫の上とには差異はない
受苦の人、紫の上の生命の凋落
喪服の大君と心に喪服をつけた薫との愛恋
平安の女が涙ながらに詠む返歌
自然の現象にじぶんの境遇を重ねる平安の女
「源氏物語」の女性に必ずやってくる〈あわれ〉の実態
平安の女が涙ながらに詠む返歌
 (宇治山の)阿闍梨から、
「年も改まりましたが、いかがお過ごしですか。(あなたの延命息災の)ご祈祷は怠りなく勤めております。今となりましては、あなたさまのことが気がかりで、ご無事をお祈りしております」
 などと(手紙に)書いて、 蕨(わらび)や土筆(つくし)を風情ある籠に入れて、
「これは寺の童子たちが仏にお供えした初物です」  
 と献上した。筆跡はひどい悪筆で、歌は、わざとらしく一字一字離して書いてある。

「君にとて あまたの春を つみしかば 常を忘れぬ 初蕨(はつわらび)なり
(父宮のために毎年春には摘んでさし上げたので 今年も忘れずお届けする初蕨です)

(中の君の)前で詠んであげてください」  
 とある。
〈(日頃和歌などを詠まない阿闍梨が)一大事と思ってさぞかし苦労して詠まれたのだろう〉
 と思われると、歌にこめられた真心がしみじみと感じられるので、いい加減に、それほど思ってはいらっしゃらないと思える言葉を美しく飾って人の気に入るようにお書きになる人(兵部卿宮)の手紙よりは、ずっと心が惹かれて、涙もこぼれてくるので、返事を(女房に)書かせられる。

この春は たれにか見せむ なき人の かたみにつめる 峰の早蕨(さわらび)
(お姉さまのいない今年の春は誰に見せたらいいのでしょう 父宮の形見として摘んでくださった峰の早蕨を)
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