長くは続かない前世の定めだから寵愛した
「中の品」の女だから拒絶するしかない
愛着から憎悪に変貌する少女
源氏にとって藤壺と紫の上とには差異はない
受苦の人、紫の上の生命の凋落
喪服の大君と心に喪服をつけた薫との愛恋
平安の女が涙ながらに詠む返歌
自然の現象にじぶんの境遇を重ねる平安の女
「源氏物語」の女性に必ずやってくる〈あわれ〉の実態
受苦の人、紫の上の生命の凋落
 中宮の若宮たち(皇子・皇女)をごらんになるにつけても、
「お一人お一人の将来を拝見したいと思っていましたのは、このようにはかない命でそれを惜しむ気持ちがどこかにあったからでしょうか」
 と涙ぐまれる、そのお顔の艶やかさは、なんともいえない美しさである。中宮は、
〈どうしてこういうことばかりお考えになるのだろう〉
と思われると、突然泣いてしまわれる。紫の上は不吉な遺言のような言い方はなさらず、お話のついでなどに、長年親しく仕えてきた女房たちで、これという身寄りもないかわいそうな人たちのことを、
「わたしが亡くなりましたら、お心にとどめてお目をかけてやってください」
 などとだけおっしゃる。季の御読経(春秋二季百僧を招き大般若経を購読する法会)などが始まるというので、紫の上はいつものごじぶんの部屋にお帰りになる。
 紫の上が引き取って育てていらっしゃる三の宮が、大勢の皇子たちの中でも、とても可愛らしく歩きまわっていらっしゃるのを、紫の上はご気分のよいときには前に座らせて、人の聞いていないときに、
「わたしがいなくなったら、思い出してくれますか」
 とお尋ねになると、
「とても恋しくてならないでしょう。わたしは、父の帝よりも母宮よりも、おばあさまがずっと好きだから、いらっしゃらなくなったらきっと機嫌が悪くなります」
 とおっしゃって、目をこすって涙をまぎらわしていらっしゃる様子が可愛らしいので、紫の上は微笑みながらも涙を落とされた。
「あなたが大人になられたら、ここ(二条院)にお住みになって、この西の対の前の紅梅と桜とは、花の咲くときには心をとめて楽しんでください。なにかの時には、仏さまにもあげてくださいね」
 とおっしゃると、三の宮はうなずいて、紫の上の顔をみつめて、涙が落ちそうになったので立って行かれた。紫の上は、この三の宮と女一の宮とを、特に心にかけてお育てになったから、これからお世話できなくなってしまうのを、悔しくも悲しくも思われる。
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