一幕 
雪の下浜松屋の場

 
 鎌倉の呉服屋浜松屋では、番頭や手代たちが忙しく働いている。  
 そこへ男がやって来て、注文した友禅染めの五枚の小袖の仕上がりを催促する。男は手代から五つ過ぎ(午後8時)にはできると聞くと、
「今度こそ、間違えのないようにしてくれよ」  
 と捨て台詞を言って帰っていくが、この男こそ盗賊の日本駄右衛門の手下である。
 男の挙動を見て鳶の者亀の子清次や手代たちが不審に思い、番頭が厄払いに、
「美しいト一(といち:上物)の代物(しろもの)でも来ればいい」  
 と願っていると、振袖姿の若い娘が四十八という若党をお供にしてやって来る。  
 娘は婚礼の支度ということで来たらしいが、番頭や手代たちは娘の美しい容姿に見惚れ、丁重にもてなし、店の品々を見せる。
 ところが、その美しい娘が緋鹿の子(ひがのこ)の小布を懐に入れたのである。
 万引き見破った番頭は、店を出て行こうとする娘と四十八を引きとめ、
「 お隠しなすった緋鹿子を、置いていってくださいまし」  
 と言って、娘の懐から緋鹿の子を引っ張り出して盗んだことがわかると、算盤で娘を打つ。  
 乱暴をする番頭たちを四十八が止めて、
「身に覚えなき万引呼ばわり、盗んだというはその布か。そりゃあ山形屋で買った布、符牒があるからとっくり見やれ」
 と言うので、番頭が行灯(あんどん)にすかして緋鹿の子の小布を見ると、
「やっ、やあ、丸の中に山の字は、こりゃ山形屋の符牒の印し」  
 と万引きの品物ではないことが判明する。  
 番頭と手代たちは平謝りに謝るが、四十八は、
「何を隠そう、お嬢様は二階堂信濃守の藩中、早瀬主水(はやせもんど)のご息女、このたび秋田のご家中にご縁決まりし花嫁御、万引きという悪名をつけ、ただ謝ってすもうと思うか」  
 と、なんらかの礼がなければ許さないと言い、亭主を呼べということになって、浜松屋の主人幸兵衛が出てきて謝るが、四十八は娘の傷を主人に見せて、傷がついては屋敷へ帰られないから、みなの首を打った上、じぶんも切腹すると言って脅す。
 困り果てた末に幸兵衛は、亀の子清次を間に立てて金で示談にしようとすると、その金を見た四十八は、
「しっかりすると、言った礼が、十両か、 十や二十のはした金で、売るような命は持たぬ」  
 と百両の金を要求するので、幸兵衛は四十八の望むままに百両を渡す。  
 二人が金を受け取って帰ろうとすると、奥の部屋から黒頭巾姿の侍が現れ、
「 かく申すそれがしは二階堂信濃守の用心役、玉島逸当と申す者。早瀬主水と名乗る者、我が屋敷に覚えない」  
 と言い、しかも、
「縁組定まりし娘というは、まさしく男」  
 と娘が男であると言う。娘は、
「 なんでわたしを男とは」  
 とはじめはシラを切っているが、とうとう正体をばらし、帯を解き、振袖を脱いで胡坐をかきながら、じぶんが世上を騒がす盗賊になった不幸な生い立ちを語り、弁天小僧菊之助であると明かす。
 若党の四十八も盗賊仲間の南郷力丸であると明かし、
「こうしらばけにぶちまけりゃあ、帰(けえ)しもしめえが帰(けえ)りもしねえ。さあ、騙った金はそちらへお返しやすよ」  
 と百両の金を返し、
「これからは二人とも、こっからすぐに突き出してくんなせえ」  
 と番所に突き出せと開き直る。
 この二人の様子を見た玉島逸当は怒って二人を斬ろうとするが、幸兵衛が、
「もし旦那様、彼等をお切りなされては、私共はともかくも、あなたのお名の出ますこと」  
 と止める。弁天と南郷は、
「おい、切るなら早く切らねえか」 
「それとも切らざあ、突き出すとも」  
 と言いたい放題の悪態をついて騒ぐ。
 そんな二人をなんとか帰そうと幸兵衛は弁天の傷の膏薬代として金を渡す。弁天が開けてみると十両しか入っていない。 弁天は十両に不満でいつまでも店に居座ろうとするが、玉島逸当は煙管を叩いて、
「早く帰れ」  
 と合図する。実は玉島逸当と名乗った男は、白浪五人男という盗賊団の首領で、弁天が男であると正体をばらしたのも、浜松屋を信用させて深夜まで浜松屋にいて強盗を働こうという魂胆があるからである。  
 弁天と南郷は、憎まれ口を叩きながら帰っていく。
 番頭の与九郎は主人の幸兵衛から退役を命じられ、自暴自棄になって金を盗んで逃げようとするが・・・