THE WORLD OF THE DRAMA 演劇の世界
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三澤憲治の台本
◇「ガラスの家族」からはじまった上演台本づくり。広島の演出家、三澤憲治の潤色・脚色・創作台本
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「セチュアンの善人」
リア王

原作 W・シェイクスピア
台本 三澤憲治

プロローグ 現在    

 観客が劇場に入ると、幕はすに開いている。  
 開演5分前、現代服を着た俳優が登場してきて、本を読み出す。なかにはわざわざ椅子を持ってきて読む者もいる。俳優たちは、それぞれが別な本を読んでいるわけではない。観客には、はじめはわからないが、しだいにその本がこれから上演する『リア王』であることがわかってくる。  
 この状態が続いて、突然ME(序曲)が鳴りだす。これを合図に客電が消えていき、舞台はほの暗い照明に変わり、俳優たちは本を閉じて、劇の世界を演じる。小姓が来場者の手荷物(俳優たちが読んでいた本)を回収していく。ややあってMEが変調していくと、その音につれ、今まで俳優たちが本を読むために使っていた三つの椅子に照明があたっていく。これは三分割されたブリテン王国の権力を象徴しているだけでなく、日常の効用の椅子が劇世界の権力というイメージに変貌したことを示している。人々はこの権力のイメージに息をのむ。そして、欲望のままにイメージに駆け寄る。目を凝らしたところで、突然MEが中断し、人々も制止する。  
 このストップモーションンを合図に、ケントとグロスターが登場する。二人は、この権力のイメージを背景に語りだす。

第1幕 第1場・物語 リア王の宮殿・玉座の間

ケント 驚いたな、王国分割とは。
グロスター ああ、予想もしなかった。
ケント 後継者はてっきりオールバニ公爵と思っていたが。
グロスター 喜んだのは、コーンウォール公爵だろう。思わぬ財産が転がりこんでくるわけだから。
ケント そうだな。(ストップモーションのエドマンドを指して)あれはご子息では?
グロスター 息子にはちがいないが・・・エドマンド!
エドマンド 父上!    

 エドマンドはストップモーションを解除してやってくる。

ケント なにか事情でも?
グロスター ・・・妻の子ではない。
ケント ・・・だが立派に育てられた。
グロスター これの母親は優しい、いい女だった。だから認知もした。こりよりひとつ上の後継ぎももいるが、どちらかといえば、こっちをかっている。(エドマンドはほくそ笑む。) この方を知っておるか、エドマンド?
エドマンド いいえ。
グロスター ケント伯爵だ。父の尊敬する友人だ。
エドマンド お近づきになれて光栄です。
ケント こちらこそ。よろしくな。
グロスター これは9年外国にいたが、また出かけるそうだ。
リア グロスター、フランス王とバーガンディ公爵を迎えに行ってくれ。
グロスター かしこまりました、陛下。    

 グロスターはエドマンドを伴って退場する。人々もストップモーションを解除して、定められた位置にすばやくつく。だが、相変わらず本を読んでいる者がいる。道化を演じる俳優だ。リア役の俳優は、おもむろに本を閉じて小姓に渡し、白い角棒を杖がわりにして立ち上がり、語りだす。

リア その間に、いままで内密にしてきたことを話そう。これを見ろ。(権力のイメージを指して)いいか、わしは王国を三つに分けた。わしももう高齢だ。これからは、国家の統治権も、領土の所有権も若い者に譲り、面倒な政務などせず、のんびりと余生を送りたい。わが婿オールバニ、コーンウォール、いまここでわしは、将来の争いの種にならぬよう、娘たち三人に財産を分けておきたい。末娘に求婚中のフランス王とバーガンディ公爵にも、きょう返事をする。どうだな、娘たち、おまえたちのだれが一番わしを愛してくれるかな? 親を思う気持ちを言ってみろ。その愛情の深さに応じて、分け前を決める。オールバニの妻ゴネリル、長女のおまえからだ。  

 ゴネリルは進み出て語る。

ゴネリル わたしにとってお父さまは、この目より、自由より大切な、真善美をそなえた、命にも優る尊いお方です。    

 リアは喜びの声をあげる。ゴネリルはそれを受けて。

ゴネリル わたしは、あらゆる評価を越えた、豊かで素晴らしいお父さまに、最大の愛を捧げます。
コーディーリア (傍白)コーディーリアはどうしょう?私は黙って愛するだけ。
リア (ゴネリルのことばに満悦して)この線からこの線にいたる広大な領土はすべておまえのものにする。この莫大な財産は、おまえとオールバニの子孫が永久に所有するがいい。  

 リアはそう言うと、ゴネリルを権力の像に座らせる。人々は盛大な拍手と歓声でゴネリルを讃える。リアはことのほか満足して。

リア では次に、コーンウォールの妻、次女のリーガンはどうだ?  

 リーガンは、リアを見つめたまま進みでて、ゴネリルと同じように語る。

リーガン 私もお姉さまと同じです。お姉さまのことばは、私の気持ちを伝えてくださいました。でも、それだけでは足りません。  

 リアは嬉しそうに反応する。リーガンはそれを受けて。

リーガン お父さまはこの世でもっとも大切なお方、私の幸せはお父さまを愛することにしかありません。
コーディーリア (傍白)ことばでは言えないわ。私のお父さまへの愛は、ことばより深いもの。
リア (ゴネリル同様、リーガンのことばに満悦して)おまえとおまえの子孫にも、末代まで、わが王国の三分の一を与える。その広さといい、ゆたかさといい、ゴネリルに与えたものにまさるとも劣らぬ。  

 リアはゴネリルと同じように、リーガンを権力の像に座らせる。人々はふたたび盛大な拍手と歓声でリーガンを讃える。リアは喜んでコーディーリアのところへ行って肩を抱き、最後に残った権力の像に連れていきながら語る。

リア さて、最後は末娘のおまえだ。可愛い、可愛いコーディーリア。フランス王とバーガンディ公が競っておるが、おまえは三分の一のためになんと言う?
コーディーリア 言うことはなにも。
リア なにも?
コーディーリア なにも。  

 人々はコーディーリアのことばに唖然とする。信じられないリアは、姉娘二人と視線をかわしてから。

リア なにもないところに、なにも生まれぬ。もう一度言ってみろ。
コーディーリア 私はお父さまを愛しています。それだけです。
リア それだけ?なんだその言い方は?ことばを改めぬと財産を失うことになるぞ。
コーディーリア お父さまは、私を愛し、育ててくださいました。私はお父さまに感謝し、心から大切に思っています。お姉さまたちは夫がありながら、なぜ愛のすべてをお父さまに捧げると言われるのでしょう。私は、結婚したら夫を愛します。お姉さまたちのように、お父さまだけを愛することはできません。
リア そのことば、本心か?
コーディーリア はい。
リア その若さで、なんと冷たいことを。
コーディーリア 若くても真実はあります。
リア 勝手にしろ! その真実を持参金にするのだな。親子の縁を切る。きょうからおまえは赤の他人だ!  

 ME(読みちがい)。リアはコーディーリアを突き飛ばす。コーディーリアは倒れる。

ケント 陛下・・・
リア 黙れ、ケント!わしはあれをいちばんかわいがり、あれに余生をゆだねるつもりだった。  

 リアはさらにコーディーリアを攻撃する。

リア ええい、失せろ!もうわが子ではない。  

 コーディーリアは人々をかきわけて必死で逃げる。人々のざわめきと悲鳴。ケントが猛烈な勢いで追いかけ、コーディーリアをかばう。

リア (家臣に)おい、フランス王を呼べ!バーガンディ公を呼べ!
家臣 はい。  

 家臣のひとりが急いで退場する。

リア コーンウォール、オールバニ、おまえたちの領土に、あのばかな娘の三分の一もつけ加えてやる。あれは高慢と結婚するがいい。きょうからおまえたち両名に、わしの権力、権威、いっさいの栄誉を譲り渡す。わしは両家が負担する騎士百人を伴い、それぞれの邸にひと月おきに厄介になる。わしにあるのは、国王の名前と資格のみだ。国政の実権はすべておまえたちにまかせる。その証拠に、この王冠を与える。  

 リアは架空の王冠を投げすてる。ケントは、その架空の王冠をひろい、リアに諫言する。

ケント なにをなさいます、陛下!つね日頃わが国王として・・・
リア なにもいうな、ケント!
ケント いいえ、王が狂ったとなれば、黙ってはいません。まちがいは正すのが臣下のつとめ。さあ、ご処分をお取り消しください。このいのちにかけて、コーディーリアさまの陛下を思う気持ちは姉君たちに劣りませぬ。
リア うるさい! それ以上しゃべると命はないぞ!
ケント 陛下を守るためなら惜しくはない命。
リア ええい、わしの目の届かぬところへ失せろ!
ケント いやです。私のいうことをお聞きください。
リア 無礼者! 思い知らせてやる!  

 激怒したリアは、小姓が携えていた架空の王剣を奪い、ケントに斬りかかる。オールバニとコーンウォールが必死に止める。

オールバニ 気を静めて。
コーンウォール ここはどうか気を静めて。
ケント 斬られるがいい。声のあるかぎり、王の愚かさを叫び続けますぞ。
リア 黙れ、不忠者! 王の命令だ、ようく聞け! おまえに五日の猶予をやる。だが六日目には、わが王国から立ち去るのだ。それ以後もなお領内におれば、見つけ次第、即刻死刑だ! さあ、出て行け!  

 ME(読みちがい)止む。

ケント わかりました。出ていきます。ここには自由はありませんから。(ゴネリルとリーガンに)さきほどの立派な誓いを実行されますよう。ではご一同、ケントはこれで。  

 道化が架空の王冠をケントより受け取る。ケントは立ち去る。家臣たちは急いで権力の像をかたづける。

コーディーリア ケント!
ケント (コーディーリアに)ケントにはよくわかっています。あなたは、正しい。  

 グロスターとエドマンドがフランス王とバーガンディーを伴って登場する。

グロスター フランス王とバーガンディ公爵をお連れいたしました。
リア バーガンディ公爵、まずはあなたからだ。わしはそこの小娘を勘当した。従って持参金はなにもない。それでももらってくださるか?
バーガンディ それでは話が違います。
リア ならことわることだ。ところでフランス王、あなたのご厚情を思えば、一文無しの娘をもらっていただくわけにはいかぬ。もっと立派なかたを捜されるがいい。
フランス王  なにをおっしゃっているのか。つい先ほどまで、あんなに可愛がっておられたのに・・・どんな罪を犯されたのです?
コーディーリア  お父さま、お願いです。これだけはおっしゃってください。私が勘当されたのは、罪を犯したのではなく、おせじを言ったりして、お父さまのご機嫌をとらなかったからだと。
リア おまえなど生まれてこなければよかった。
フランス王 それだけで? それだけで勘当?  

 コーデイリアはフランス王にうなずく。

フランス王 バーガンディ公、あなたは姫をどうされる?
バーガンディ リア王に申しあげる。最初に示された持参金で姫を公爵夫人に迎えたい。どうか三分の一の領土を。
リア なにもない。
バーガンディ ・・・(コーディーリアに)お気の毒に、あなたは父上を失われ、夫までも失われた。
コーディーリア バーガンディ公爵、私は財産目当てのかたとは結婚しません。
フランス王 コーディーリア! あなたにはなにもない。でも、あなたの心は汚れていない。美しい! 私にはそれが一番の持参金です。私と一緒に。
コーディーリア (うなずいて)いつまでも。
フランス王 ブリテン王、あなたが捨てられた方は、私には貴重な宝石。姫をフランス王妃にいただきます。
リア 好きにするがいい。わしにはそんな娘はおらぬ。さっさと連れて行ってくれ! 二度と見たくない。さあ、こちらへバーガンディ公。  

 ME(ファンファーレ)。フランス王、コーディーリアだけを残して、リアを先頭に一同退場する。

フランス王 (すかさず)姉上たちにおわかれを。
コーディーリア お姉さま!  

 その声に、ゴネリルとリーガンは足を止めて振り返る。

コーディーリア コーディーリアは涙でお別れします。どうかお誓いになったとおり、お父さまを大切にしてあげてください。
リーガン おまえの指図は受けないよ。
ゴネリル それより、拾ってくれた人を大事にするんだね。おまえは素直じゃない。勘当も当然よ。
コーディーリア 妹からお姉さまたちの悪口は言えません。でも、嘘は必ず見抜かれます。どうかお二人ともおだいじに。
フランス王 行こう、コーディーリア。  

 フランス王はコーディーリアを伴って退場する。ゴネリルとリーガンだけになる。

ゴネリル お父さまは今夜にもここを出るつもりよ。
リーガン まずはお姉さまのところ、来月は私のところ。
ゴネリル このごろは年のせいか大変な気まぐれ。まったくひどいものよ。あんなに可愛がっていた子を追い出すなんて、ふつうじゃない。
リーガン もうろくしたのよ。
ゴネリル これからさきどうなる? ぼける一方でしょう。手を焼かされるわよ。
リーガン ケントが追放されたように、私たちもいつ気まぐれな発作に襲われるかも。
ゴネリル ねえ、手を組まない?あれでは隠居しても、まだ権威を振り回すつもりよ。
リーガン そうね。迷惑だわ。
ゴネリル とにかく早く手を打たなくては。
リーガン (うなずく)  

 二人が結束をはかって退場すると、その同じ方向から一人の男が二人をかきわけるように走ってきて、暗く、激しい情熱のことばを発する。グロスターの私生児、エドマンドだ。

第2場・物語(グロスター伯爵の場内/早朝)

エドマンド 大自然よ!おまえこそおれの神!おまえの掟には従う。人間の法律なんかくそくらえだ!なぜおれは、財産を相続できない。一歳下というだけで。ばかばかしいしきたりだ。私生児がなんだ?兄貴とどこが違う。変わりゃしない。なぜ私生児だ! なぜ不正の子だ! 私生児こそは本能のままに造られた、自然の申し子だ。愛もなくできた兄貴とはできがちがうんだ! エドガーよ(懐から手紙を出して)、財産はいただくぜ。この手紙でおまえを蹴落としてやる!    

 グロスターの独り言が聞こえてくる。エドマンドはわざと手紙を読んでいる振りをする。

グロスター ケントは追放、フランス王は帰国、陛下はゴネリルさまのところ。なにもかもあっという間だ。おお、エドマンド!  

 エドマンドは振り向いて、手紙を持っていることをグロスターに認知させてから咄嗟に隠す。

グロスター どうした?
エドマンド なにも。
グロスター 手紙を隠した。
エドマンド 手紙なんか。
グロスター とぼけるな。今あわてて隠した。なんの手紙だ?
エドマンド (わざとしかたなく)兄さんからです。でも見ないほうが。
グロスター 見せろ!
エドマンド 気にさわるだけです。
グロスター いいから見せろ!  

 エドマンドはわざと逃げる。

グロスター 見せろ、見せろというのに!  

 エドマンドはわざと手紙を落とす。グロスターは拾って読む。

グロスター 「老人を敬うなんて、ばかばかしいだけだ。老人は若者の楽しみを奪っている。財産だって老いぼれるまでもらえない。どうだ、一度ゆっくり相談しよう。親父が死ねば、財産の半分はおまえのものだ。エドガー」親父が死ねばだと? 陰謀だ! これはいつきた? だれが持ってきた?
エドマンド それが部屋にあったのです。おそらく窓から投げ込んだんでしょう。
グロスター あいつの字だな?
エドマンド ええ。だが本心とは思えません。
グロスター これまでにもこんなことはあったか?
エドマンド 一度も。ただ兄さんはよく言ってました。親が老いたら、財産は子が管理すべきだと。
グロスター 悪党め! 手紙と同じではないか。親の恩も忘れた人でなしめ。だれが育ててやったというのだ。おい、やつを捜してこい、引っ捕らえてやる。
エドマンド 父上、ここはお怒りを静め、兄さんのほんとうの考えを聞かれては? この手紙は私の父上への愛情をためすために書かれたもので、それ以上の考えはないと。
グロスター 本当にそう思うか?
エドマンド どうです? さっそく今夜にでも私たちが話しているところを。
グロスター あいつがそんなに恐ろしいやつとは思えぬが・・・
エドマンド もちろんです。
グロスター ああ、これほどあいつのことを思っておるのに。エドマンド、すぐに捜しだし、真相をつきとめてくれ。
エドマンド はい。
グロスター (自然を見て)そうか、近頃の天候不順は、不吉な前兆だったのだ。愛は冷め、友情はこわれ、町には暴動、宮廷には裏切り。わが家の悪党もこの前兆のあらわれだ。子が父に背く。王も自然に逆らい、子に背かれる。父に背く子、子に背く父。ああ、もはや世も末だ!  

 グロスターはそう言いながら退場する。

エドマンド (笑って)人間ってやつはなんて愚かなんだ。運が悪くなると、自分が招いた災いなのに太陽や月や星のせいにしやがる。泥棒や裏切り者になるのは星のせい、酔っぱらいや嘘つき、間男は月のせいときやがる。まったく女ったらしにはもってこいの口実だぜ。てめえのあやまちを、魔術や天のせいにできるんだからな・・・おっと、エドガーだ。いいところに出て来た。  

 エドガーがふらふらしながら登場する。朝帰りのようだ。

エドマンド (グロスターの真似をして)ああ、近頃の天候不順は、不吉な前兆だったのだ。親子の断絶、家族の崩壊、おれはもう生きていられない。
エドガー どうしたエドマンド! なにをそう深刻に悩んでいる?
エドマンド あっ、兄さん!大変なことが。  

 エドマンドはすかさずエドガーに駆け寄る。

エドマンド 父上にあったのはいつです?
エドガー ゆうべだ。
エドマンド そのとき、父上に変わったことは?
エドガー なんにも。
エドマンド すごく怒ってます。私にまで殴らんばかり。時がたてば怒りもおさまるかもしれませんが、今は顔を会わせないことです。  

 エドガーは父に正そうと、行こうとする。

エドマンド だめです。今会ったら、なにをされるかわかりません。兄さんは殺されてしまいます。ここはがまんしてください。
エドガー だれかが密告して、おれを罠にかけたんだな。
エドマンド おそらく。さあ早く、私の部屋へ。鍵です。外に出るときは必ず剣を!
エドガー 剣を?
エドマンド 悪いことはいいません。兄さん、あなたのまわりはすべて敵。さあ、早く!
エドガー わかった。すぐに様子を知らせろ! いいな、エドマンド!
エドマンド もちろんです、兄さん。  

 エドガーは急いで退場する。

エドマンド だまされやすい親父に、お人好しの兄貴か。兄貴は自分が悪いことをしないから、人もしないと思っている。そのばか正直につけこんで、生まれでもらえない財産なら、頭で奪ってやる。  

 エドマンドは、そう言ってエドガーの後を追う。それと同時進行で、ゴネリルとオールバニ公爵の執事オズワルドが登場する。

第3場・物語(オールバニ公爵の宮殿/夕刻)

ゴネリル お父さまがうちの者を殴った?あの道化を叱っただけで。
オズワルド はい、奥さま。
ゴネリル 朝から晩までひどいことをなさる。一時間ごとにもめごとよ。もうがまんできないわ。お付きの騎士は下品で乱暴、自分はすぐ腹を立てる。狩りからお帰りになっても、病気だと言ってちょうだい。おまえも世話なんかしなくていい。  

 奥で人々のざわめき。

オズワルド お帰りです。
ゴネリル いいかい、できるだけばかにした態度をするんだよ。
オズワルド はい。
ゴネリル それで文句を言ってきたら、こっちの思うつぼ。妹のところへどうぞと追い出してやる。妹だって同じよ。ほんと、しょうのないじいさん、いったん譲った権力をいつまでも振り回したがるんだから。いいわね、お付きの騎士もほっとくんだよ。それでどうなろうとかまわないから。
オズワルド わかりました。うまくやります。
ゴネリル そうだ、妹にこのことを知らせなくては。すぐに手紙を。
オズワルド はい。  

 ゴネリルとオズワルドは退場する。リア、騎士たち、貴婦人たちが大騒ぎをして登場する。場はオールバニ公爵の宮殿の広間に変わっている。

第4場・物語(オールバニ公爵の宮殿の広間/夕刻)

リア すぐに食事だ! 早くしろ!
騎士 はい。  

 一人の騎士が退場する。するとそこへ、みすぼらしい一人の男(ケント)が走ってきて、リアの前に跪く。騎士たちが咄嗟にリアをかばう。

リア なんだおまえは?
ケント 男です。
リア なにものだ?
ケント 正直者。王と同じく貧乏です。
リア (笑って)王が貧乏であれば、たしかに臣下も貧乏だ。  

 リアが笑うと騎士たちも笑う。

リア で、何がしたい?
ケント 奉公です。
リア だれに?
ケント あなたに。
リア 知っておるのか、わしを?
ケント いいえ、だがあなたには、主人と呼びたくなるなにかがあります。
リア なにができる?
ケント 人の道にかなうことならなんでも。一番のとりえは勤勉です。
リア 年は?
ケント 女に溺れるほど若くなく、入れあげるほど老いてはいません。

 リアと騎士たちは笑う。

ケント 四十八になります。
リア よし、とりあえず使ってやる。さあ、食事だ! 食事はどうした? 道化はどこにいる? わしの道化は? おい、道化を呼んでこい。
騎士 はい。  

 一人の騎士退場。その時、オズワルドが通り過ぎる。

リア おい、食事はどうした? 娘はどうした?
オズワルド さあ。  

 オズワルドはそう言って退場する。

リア あいつ、今なんと言った? 呼びもどせ!  

 一人の騎士退場。

リア それにしても道化はどこだ? ええい、世界中が眠っておるのか?  

 騎士がふたたび登場する。

リア どうした? 騎士 奥さまはご病気とか。
リア あのばか、なぜもどってこぬ。
騎士 それが、「いや」だと。
リア いやだと?
騎士 陛下、なぜか皆、以前のような誠意が感じられません。
リア なんだと? 騎士 私の思い過ごしだとよろしいのですが・・・
リア いや、わしもうすうす気づいてはいた。だが、まさかわしの娘にかぎってそんなことはあるまい。それにしても道化はどこに行った?
騎士 コーディーリアさまがフランスに行かれてから、すっかりふさぎこんでいます。
リア それは言うな、わかっておる。さあ早く、娘に話しがあるといえ。  

 騎士退場する。

リア おまえは道化を呼んでこい。  

 別の騎士退場する。オズワルドふたたび登場する。

リア おお、おまえだ。おまえはわしをだれだと思っている?
オズワルド 奥さまの父上と。
リア なんだと? 奥さまの父上? 馬鹿もん! わしは王だ。
オズワルド  私は馬鹿ではありません。
リア なんだその目は? 無礼者!  

 リアは角棒で殴ろうとするが、オズワルドはよける。リアは倒れる。

オズワルド 殴られてたまるか!
ケント なら、蹴っ飛ばしてやる!

 突然、ケントがオズワルドを蹴り倒す。そして殴り飛ばす。このケントの勇姿に、騎士と貴婦人たちは拍手喝采する。

ケント さあ立て! 身のほど知らず。とっと消えろ!  

 ケントはすかさずリアを助けおこす。

リア おお、よくやった。それでいい。これは奉公の手付けだ。とっておけ。  

 リアはケントに金を渡す。道化が登場してくる。

道化 おれもおまえを雇ってやろう。この帽子をかぶれ。
ケント なぜだ、道化?
道化 落ち目の男の肩を持つからさ。この人は、二人の娘を追い出して、末娘にすべての財産を与えた。そんな男についていくのだから、ばかの帽子がいるに決まってら。おじさん、おれは帽子二つに、娘二人ほしいよ。
リア なぜだ?
道化 娘たちに全財産をやっても、帽子だけはかぶっておられるからね。これはおれの帽子、おまえさんもほしけりゃ娘たちにせがむことだね。
リア こいつめ、鞭だぞ!
道化 (面白がって逃げて)真実ってやつは野良犬だね。鞭で追い出されるんだから。(コーディーリアの真似をして)お父さま、若くても真実はあります。
リア ああ、胸が痛む!
道化 おい、いい歌、歌ってやろうか?
リア 歌ってみろ。

 ME(道化の歌@)

道化 (歌う)
 金がものいう世の中で
 人目かまわず貯め込んで
 持っているほど「ない」と言い
 有り金全部を博打に賭けず
 酒と女に手を出さないで
 いつも家にこもっていたら
 一たす一が二じゃすまない
 十、二十とたまっていくぜ。

リア 苦いことをいう道化だ。
道化 おまえさん、知ってるかい? 苦いばかと、甘いばかの違いを?
リア 知らぬ。
道化 愛を金で買えと言ったやつがいたら連れてきな。いなきゃあ、おまえが身代わりだ。甘いばかと苦いばかがたちまちそろう。甘いばかは、この道化(自分を指す)。苦いばかは、ほれそこだ。(リアを指す)
リア わしがばかだと?
道化 財産すべてをことばを売ったやつにやっただろう。残ったのはその体だけだ。
ケント こいつ、まんざらばかでもない。  

 いつのまにかゴネリルが登場している。リアはそれを認めて。

リア おお娘か。どうした、その顔は?
道化 落ちたねえ、おまえさんも。昔は娘の顔色なんか気にしなかった。おれのほうがまだましだぜ。おれはともかく道化だが、おまえさんは、(一場の真似をして)なにもない。
ゴネリル お父さま、この道化だけでなく、お付きの騎士たちの勝手放題には、もう我慢ができません。しかもこのごろの様子を見ると、そそのかしておられるとしか思えません。
道化 恩を仇で返す、とはこのことだな。
リア おまえはわしの娘か?
ゴネリル またそんなばかなことを。もっとまじめになってください。王にまでなった人でしょう。今のあなたは、まるで別人です。
リア わしはだれだ? わしはリアではない。だれだ?
道化 リアの影さ。
リア わしには娘がいたはずだ。それは嘘だったか?あんたはだれだ?名はなんという?
ゴネリル ふざけないで、いい歳をして。あなたの百人の騎士はまるでごろつき、無神経な人たちばかりです。  

 騎士たちはこのゴネリルのことばに怒る。

ゴネリル 酒と女に明け暮れて、邸は居酒屋同然。すぐに改めてください。とにかくお付きのものを減らしてもらいます。いやだとおっしゃってもします。あなたには年相応の数で十分です。

リア おい、馬の用意をしろ! ここを出ていく。この親不孝もの。おまえの世話にはならぬ。娘もう一人おる。  

 オールバニが登場する。

リア おお、オールバニ。これはおまえの指図か?
オールバニ どうか陛下、お心を静めてください。
リア (ゴネリルに)おまえの言うことは嘘だ。わしの家来は選り抜きの優れ者ばかり。臣下の務めは十分に果たしておる。ああ、それにしてもコーディーリアのささいな過ちが、なぜあんなに醜く見えたのだ。ああ、リア、リア、リア! (自分の頭を殴る)この頭など砕けてしまえ! 判断を誤ってしまったのだからな。
オールバニ 陛下!
リア 大自然よ、聞いてくれ! この女には子供を生ませないでくれ! その胎内を不毛にしてくれ! どうしても生まねばならぬというなら、この女を一生苦しめる親不孝な子を授けてくれ! さあ、どけ! どくんだ!  

 リアはオールバニを払いのけて退場する。

オールバニ 一体どうしたことだ?
ゴネリル なんでもないわ。老いぼれには気のすむようにさせればいいの。  

 リアがもどってくる。

リア おい、お付きを五十人も減らしたな、来て半月もたたぬのに。
オールバニ どうしたのです?
リア (ゴネリルに)なさけない、大の男がわが子に泣かされるとは。そうか、そういうことだったのか。それならそれでいい、娘はもう一人おる。あれは親思いだ。わしの気持ちをわかってくれる。いいか、わしは元のわしにもどる。権力を永久に捨てたと思ったら大間違いだぞ!  

 リア、ケント、騎士たち退場する。

ゴネリル なによ、あの態度!
オールバニ ゴネリル、(何か言おうとする)
ゴネリル 黙ってて、あなたは! オズワルド! (道化に)主人についていかなくていいの? おまえは道化というより悪党だよ。
道化 捕らえてみれば狐じゃないか 狐と思えば娘じゃないか さっさと首を絞めよじゃないか だけど縄代もたないじゃないか だからばかは、逃げよじゃないか  

 道化は退場する。そして引っ込み際、ふたたびゴネリルを茶化して「くくく」と笑って去る。

オールバニ なぜお付きを減らしたのだ?
ゴネリル 武力を持たせておくと、私たちが危ないからよ。
オールバニ 心配しすぎでは?
ゴネリル 信用しすぎるよりましよ。あの人の気性は娘の私が一番よく知ってます。妹と結託して私たちを滅ぼしかねないわ。  

 オズワルドふたたび登場する。

ゴネリル 手紙は書けた?
オズワルド はい、奥さま。
ゴネリル 大至急届けて!
オズワルド はい。  

 オズワルドは退場する。ゴネリルはその背に。

ゴネリル 妹にしっかり伝えるんだよ。  

 ゴネリルは退場する。

 オールバニはじっと考え込んでから退場する。別の方向からリア、ケント、道化が登場してくる。場はオールバニ公爵の中庭に変わっている。

第5場・物語(オールバニ公爵の中庭/夕刻)

リア すぐにこの手紙をリーガンに届けろ。娘がたずねること以外は、なにも答えるな。
ケント はい。届けるまでは一睡もしません。  

 ケントは退場する。

道化 もう一人の娘は大事にしてくれるぜ。そりゃあ、あっちとこっちは野生のリンゴと畑のリンゴ。見た目は違うが、そっくりだよ。おれにはわかっているんだ。
リア なにが?
道化 なあに、あっちとこっちも食ってみれば、酸っぱい味がするってことさ。人間は、なぜ鼻のほかに目がある?
リア わからぬ。
道化 鼻では嗅ぎ出せないことを、目で見抜くためさ。
リア コーディーリアには悪いことをした。
道化 カタツムリは、なぜ家を持っている?
リア わからぬ。
道化 頭をしまっておくためさ。おまえさんのように家を娘たちにやって、角を雨風にさらしたりしないんだ。
リア もう子とは思うまい。あれほどかわいがってやったのに。こうなったら力ずくで取り返すぞ。恩知らずの化け物めが!
道化 おまえさんがおれの道化だったら、殴ってやるところだぜ。年より早く年寄りになるようじゃあ。
リア どういうことだ?
道化 年寄りになるには、知恵がついてからじゃないといけないんだよ。
リア ああ、天よ、わしを気ちがいにはしてくれるな、気ちがいには。正気にしておいてくれ。狂うのはいやだ。  

 一人の騎士が登場する。

騎士 陛下、馬の用意ができました。
リア 道化、おまえもついてこい。  

 リアが歩きだすと、ME(道化の目)が流れる。道化はついていく。だれもいなくなると、エドマンドがエドガーの手を引いて登場してくる。

第6場・物語(グロスター伯爵の城/夜)

エドマンド 逃げてください、すぐに。隠れていることが父上にばれた。兄さんはコーンウォール公爵の悪口を言ったのでは。やって来ますよ、今夜。さあ早く逃げて!
エドガー なにも言ってないがな。

 奥でグロスターの声がする。

グロスターの声 絶対公爵にそそうのないようにな。さあ、早くしろ!
エドマンド あっ、父上だ。(剣を抜く)さあ、兄さんも剣を抜いて戦っているふりを! 芝居です。さあ抜いて! (エドガーは剣を抜く)そうです。打ち込みますよ、いいですか? (エドガーはうなずく。エドマンド打ち込む)さあ、剣を捨てて父上の前にでろ! おーい明かりだ、明かりだ。さあ早く、逃げてください! だれか明かりを! (エドガーに)お元気で。(エドガーうなずく)おーい明かりだ、明かりを持ってこい!

 エドガー退場する。

エドマンド 酔っぱらいが恋人のために血を流して乾杯するご時勢だ。  

 エドマンドは自分の腕に剣で傷をつける。

エドマンド 父上! 父上! 待て! 逃げるな! だれか、だれかいないか?  

 グロスターが松明を持つ召使いをつれて登場する。

グロスター どうした?
エドマンド 兄さんが、兄さんが斬りつけました。
グロスター どこへ行った?
エドマンド 父上、このように血が。
グロスター しっかりしろ! 悪党はどこへ行った?
エドマンド (エドガーが逃げた反対方向を指して)あっちです。
グロスター (召使いに)早く追え! 逃がすな! どうして斬られた?
エドマンド 父上殺害をことわったからです。私は必死に説得しました。子は親に恩を受けてると。だが兄さんはそれを聞かず、隠し持った抜き身で斬りつけ逃げました。
グロスター 逃しはせぬ。必ず引っ捕らえてやる。公爵に頼んで布告を出してもらい、懸賞金をかける。かくまう者は死刑だ!
エドマンド あまりに非情な兄さんの態度に、私もついカッーとなり、言いふらしてやると脅しました。すると、「私生児め、だれがおまえを信じる? 手紙を証拠にしても、それはおまえの仕業だと言ってやる。後継ぎのおれが死んで得をするのはおまえだけだ」
グロスター ええい、ずぶとい悪党め! 手紙まで嘘だというのか。あれはおれの子ではない。エドマンド、おれの財産はおまえに譲ってやる。  

 ME(ラッパの吹奏)。これと同時進行で、コーンウォール、リーガン、従者たちが登場する。

コーンウォール 伯爵、妙な話を聞いた。
リーガン ほんとうなら大罪です。どうなのです?
グロスター 胸が張り裂けそうです。
リーガン 王の名付けた子が、エドガーが父親の命を?
グロスター 恥ずかしいかぎりです。
リーガン エドガーは、あの乱暴な王の騎士だったの?
グロスター それは存じませんが、ひどすぎます。
エドマンド 兄はあの連中の仲間でした。
リーガン やっぱり。そそのかされて、親の財産を狙ったのね。あの連中のことは、姉から手紙がきて、相手にするなと。
コーンウォール エドマンド、おまえは立派に子の務めをはたしたそうだな。
エドマンド 当然のことを。
グロスター 兄を捕らえようとして、このように傷を。
コーンウォール 追っ手は出したか?
グロスター はい。
コーンウォール 引っ捕らえたら、拷問、打ち首だ。エドマンド、おまえの親思いには感心した。家臣として取り立ててやる。おれは信頼できる若者がほしい。まずはおまえだ。
エドマンド お仕えします、ひたすら忠実に。  

 エドマンドは両手をコーンウォールにさしだす。コーンウォールは握り拳でエドマンドの首根っこを強く打つ(中世の托身儀礼)。エドマンドはリーガンのもとへ進みでて手にキスをする。

エドマンド (リーガンを見て)いつまでも。  

 エドマンドは公爵に誓い、リーガンを熱い目で見る。リーガンもそれに答える。

グロスター ありがとうございます、公爵。私からもお礼を申しあげます。
コーンウォール それはそうと、ここへ来た理由だが・・・
リーガン こんな夜更けにと思われるでしょうが、これにはわけがあります。父と姉両方から、お互いを非難する手紙が届きました。どうしたらいいのか? あなたの知恵を借りて返事を出したいのです。伯爵、どうか相談に。急を要するのです。
グロスター わかりました。喜んでご相談に乗ります。ではお二方共、どうぞこちらへ。  

 ME(ラッパの吹奏)。一同は退場する。ケントが猛烈な勢いで走ってきて倒れる。しばらくしてオズワルドが登場する。場はグロスターの城の前に変わっている。

第7場・物語(グロスター伯爵の城の前/夜)

オズワルド ここの者か?
ケント ああ。
オズワルド 馬はどこにつなげばいい?
ケント どぶにでもほうりこむんだな。
オズワルド (笑って)冗談じゃない。どこだ?
ケント  (オズワルドがリアにしたように)さあ。
オズワルド なんだと? 知らない者には教えないのか?
ケント ばか。知ってるからだ。
オズワルド ・・・
ケント おまえは悪党だ。残飯あさりの乞食野郎だ。年三枚支給してもらう侍従服と年百ポンドの給金がなにより頼りの薄汚い下司野郎だ。肝っ玉は小娘同様、なんでも訴訟に頼るいくじなし野郎だ。
オズワルド 妙な男だ。知らない者に悪態をつくとは。
ケント まだわからないのか、この鈍感野郎。二日前だぞ、おれが王の前でおまえを殴ったのは。  

 中世の闇。オズワルドはここではじめて相手の正体がわかって悲鳴をあげる。

ケント さあ抜け、悪党。その頭を叩き割ってやる。
オズワルド よせ、何をする。
ケント 抜け、悪党! 王を陥れる手紙など持ってきやがって。さあ抜け! かかってこい。
オズワルド 助けてくれ! 人殺しだ! 助けてくれ!  

 オズワルドは逃げる。ケントは執拗に追う。そこへ剣を手にしたエドマンドが登場する。

エドマンド どうした? なんの喧嘩だ? (ケントに)やめろ!
ケント おまえが相手でもいい。かかってこい。  

 二人は立ち回る。グロスター、コーンウォール、リーガン、召使いたち登場する。

グロスター なにごとだ? 剣など抜いて。
コーンウォール 二人とも剣を引け! 引かなければ殺す。なにごとだ?
リーガン 王と姉の使者ね。
コーンウォール 原因はなんだ? 話してみろ。
オズワルド 年に免じて命だけは助けてやったのですが・・・
ケント なんだと? 年に免じてだと? 助けてやっただと? この臆病野郎!
コーンウォール 黙れ。礼儀をわきまえろ。
ケント だが、腹が立って。
コーンウォール なぜだ?
ケント こんな嘘つきが剣をさしているからです。何をニヤニヤしている。おまえはねずみの生まれ変わりだ。親子の絆も噛み切ってしまう。この野郎、まだ笑っているのか。
コーンウォール よせ、老いぼれ! 気でも狂ったか! さあ早くわけを言え。
ケント 顔が気に入りません。
コーンウォール なんだと? ならこのおれも、これも、だれも気に入るまい。
ケント 正直が私の性分。正直みなさんは、昔はもっといい顔をしておられた。ところが今はすっかり変わってしまわれた。
コーンウォール こういう正直を売り物にするやつほど、根は陰険狡猾だ。ペコペコするやつよりはるかにたちが悪い。(オズワルドに)何をした、おまえは?
オズワルド 何もしていません。先日誤解がもとで、王が私を殴ったとき、やつが卑怯にも後ろから私の足を蹴ったのです。それで王に気に入られ、大変な英雄気取り。きっとそれに味をしめて、また斬りかかってきたのでしょう。
コーンウォール 足枷を持て! 強情な老いぼれに思い知らせてやる。
ケント なにをなさる? 私は王に仕える者。王の使者に足枷をかけたとなれば、王を裏切ったことになりますぞ。
コーンウォール 足枷だ! 早くしろ! 昼までかけてやる。
リーガン 昼まで? 夜通しかけなさい。
ケント 奥方、こんなあつかいは?
リーガン 父の使いだからするのさ。  

 架空の足枷が運び込まれる。

グロスター お願いです。どうか思いとどまってください。王の使者にこのような下等な刑罰は。王はきっとお怒りに。
コーンウォール 責任はおれがとる。
リーガン 姉はもっと怒るわよ。自分の家臣が乱暴されたのだから。足枷を!  

 ケントは裸にされて足枷にかけられ、なおもその裸体を架空の鞭で打たれる。近代以前の身体刑。

ケント (叫び声)ああっ! ああっ! ああっ!
リーガン さあ、行きましょう。

 ME(ケントの孤独)がかすかに流れる。グロスターとケントを残して一同退場する。

グロスター 気の毒だが、公爵はああいう気性だ。とどまることがない。いずれお許しを。
ケント おかまいなく。夜通し歩きづくめだ。ひと一眠りします。
グロスター これは公爵が悪い。  

 グロスターは退場する。

ケント 身をかくす木陰もない。今は王も身にしみてお感じだろう。日の出はまだか!この手紙をじっくり読みたい。悲惨のどん底にあるものだけに奇跡が現れる。これはコーディーリアさまからのもの。私が姿を変えてお仕えしているのをご存じらしい。それならいずれ、この異常な事態を正常に戻してくださるだろう。  

 ケントは眠る。音楽流れる中、照明ゆっくり暗くなる。ややあって闇をつんざくようにだれかが走ってきて倒れる。追っ手を逃れてきたエドガーだ。

第8場・物語(森/夜)

エドガー だめだ。港は封鎖され、どこに行っても監視の目が光っている。だが逃げるぞ。生きのびてやる。こんな服など脱ぎ捨て、顔には泥を塗りたくり、髪はぼさぼさにして、困難に立ち向かうのだ。「旦那さま、あわれな乞食におめぐみを」。きょうからおれは、あの伝説の気ちがい乞食、トムだ。それしかない。エドガーでは生きられない。  

 エドガーは退場する。照明が舞台全体を照らすそこはふたたびグロスター伯爵の城の前。ケントが足枷にかけられている。リア、道化、騎士たちが登場する。

第9場・物語(グロスター伯爵の城の前/夜)

リア おかしなはなしだ。留守のうえに使者も返してよこさぬとは。
騎士 突然、出て行かれたようです。
ケント 陛下!  

 道化が面白がってケントに近づく。

道化 (笑って)気のきいたことをする。動物は首をつながれ、人間は足をつながれる。
リア だれだ?だれがこんなことをした?
ケント コーンウォール公爵とリーガンさまが。
リア まさか。
ケント ほんとうです。
リア 嘘だ。
ケント ほんとうです。神かけて。
リア 嘘だ、嘘だ! あの二人がそんなことをするはずがない。王の使者を足枷にかけるのは、人殺しよりも悪辣だ。なにがあったのだ?
ケント 公爵邸に行って陛下の手紙を届けるや、使者が駆け込んできてゴネリルさまの手紙を渡しました。手紙を読まれたお二人はすぐに家来を呼び集め、私には「返事はいつかしてやる」と、こちらに向かわれました。その横槍を入れた使者こそ、先日陛下に無礼を働いた悪党。そいつがここに来て私にからむので、つい剣を抜いてしまい、それは私が悪いと、お二人が足枷にされたのです。
道化 冬はまだまだ続くね。 親がぼろ服着れば 子どもは見ても見ないふり 親が財布を持てば 子どもは親を思うふり 運命はまさしく商売女 金のないやつには知らぬふり だけど、おまえさんは大丈夫だ。宝の山があるからね。
リア 宝の山?
道化 そう。年中たかられる娘という宝の山だよ。
リア ああ、心臓が張り裂けそうだ。さがれ!いい気になるな! (ケントに)娘はどこだ?
ケント グロスター伯爵と中に。
リア そうか。  

 リアが行こうとすると、道化と騎士たちも一緒に行こうとする。

リア ついて来るな。待っておれ。

 リアは退場する。

ケント  王のお付きが少ない。どうしてだ?
道化 そんなこともわからんのか?
ケント なぜだ?
道化 車が坂道を転がりだしたら、手を離すにかぎる。いつまでもつかまっていたら、けがするぜ。だが、登っていく車には乗るんだ。  

 ME(道化の歌A)

道化 (歌う)
 欲が目当てのご家来たちは
 上手を使ってついてはくるが
 風向き変われば主人を捨てる
 ばかなおれは逃げないが
 利口な人は逃げるだろう
ケント どこで習った?
道化 常識よ。わざわざ足枷をはめられなくたってわかるぜ。  

 リア、グロスターを伴ってふたたび登場する。

リア わしに会わぬだと? 病気だと? 口実だ! もっとましな返事をもらって来い。
グロスター 公爵は火のようなご気性、考えを変える方ではありません。
リア 火のようなご気性? 笑わせるな。グロスター、わしはなコーンウォール公爵夫妻に会いたいのだ。
グロスター そう申しました。
リア 国王が公爵に会いたいのだ。父親が娘に会いたいのだ。いったいわしをなんだと思っている。公爵に言ってやれ! いや待て。ほんとうに病気かもしれぬ。健康なら喜んですることも、病気だと気が進まぬものだ。がまんしよう。わしが間違っておった。(ケントを見る)だが、あれはなんだ?なぜあいつにあんな仕打ちを。あれが証拠だ。これはやはり腹に魂胆あってのことだ。さあ早く二人に、こいつの足枷をとき、すぐに来いと言え! 来なければ、寝室の前で太鼓を叩き鳴らしてやる。

 グロスター退場する。

リア ああ、心臓が、心臓が張り裂けそうだ。落ち着け、落ち着くんだ。
道化 せいぜい怒鳴るんだな。どこかのおかみさんも怒鳴ったそうだよ。うなぎパイを作ろうとして、うなぎを生きたままメリケン粉に入れたもんだから、うなぎが飛びはねた。そこでおかみさん、麺棒でなぐりつけ、「落ち着け、落ち着くんだ!」と怒鳴ったそうだよ。  

 コーンウォール、リーガン、グロスター、従者、召使いたちが登場する。従者と召使いたちはみな、なぜかリアと同じ角棒を持っている。

リア おお夜なのに、もう起きてきたのか。
コーンウォール ようこそ。  

 ケントは足枷をはずされる。

リーガン 嬉しいですわ、お目にかかれて。
リア そうだろうリーガン、嬉しくなければ、おまえは不義の子だ。死んだ母親を離縁してやる。(ケントに)おお、自由になったか。おまえのことは後で話そう。リーガン、おまえの姉はひどいやつだ。親不孝にも禿鷹のようにわしを噛みおった。
リーガン どうか落ち着いて。それは誤解です。
リア なんだと?
リーガン お姉さまは子としての務めをはたしています。お付きに厳しいのは、それだけの理由があります。
リア 呪い殺してやる、あんなやつ。
リーガン あなたはもうお年です。若い者の言うことを聞いてください。さあ、お姉さまのところにもどって、謝ってください。
リア あれに謝れだと? ばかを言え。あいつはお付きを半分に減らした。悪魔のような目で睨み、蝮のような舌でこの心臓を突き刺したのだ。天に貯えられたありとあらゆる復讐よ、あいつの恩知らずの頭にふりかかれ!
コーンウォール なんということを。
リア 空を走る稲妻よ、盲にする電光をあいつの嘲笑う目にたたきこめ! 燃える太陽よ、あいつの顔をただれさせ、高慢の鼻をへしおるのだ!
リーガン こわい人! 私にもその呪いを。
リア いや、おまえは別だ。おまえはお付きを減らしたり、わしを捨てたりはしない。財産の半分も与えたのだからな。
リーガン それよりご用件を。
リア  足枷だ。だれがかけた? リーガン、まさかおまえではあるまいな。  

 ゴネリル、オズワルド、従者たちが登場する。ゴネリルの従者たちもみな、なぜか角棒を持っている。

リーガン まあ、お姉さま!  

 リーガンはゴネリルに駆け寄る。

リア (ゴネリルをみとめて)なんだ、おまえは。よくもぬけぬけとわしの前に、恥ずかしくないのか? リーガン、そいつの手を取るな。
ゴネリル なぜ取ってはいけないの?わたしが罪を犯したとでも? もうろくした人が何を言うのよ。
リア おお、この胸はまだ張り裂けぬか。だれだ、だれが足枷をかけた?
コーンウォール 私です。もっと重い罰にすればよかったのですが。
リア おまえが?
リーガン お父さま、もっとお年を考えて。今日のところはお姉さまと帰り、来月お付きを半分にしてお越しください。
リア あいつのところへ帰れ? お付きを半分にしろ? そんなことをするぐらいなら、家を捨てたほうがましだ。山野に住んで、自然の猛威と戦ってみせるわ。
ゴネリル お好きなように。
リア なんだと? わしを狂わせる気か。わかった。もうおまえの世話にはならぬ。二度と会わぬ。だが、おまえもわしの娘だ。おまえを非情な女にした責任は、親であるわしにもある。だからもう咎めぬ。心を入れ替えて真人間になれ。わしは百人のお付きをつれてリーガンと暮らす。
リーガン それは困ります。私はまだ用意もしていません。お姉さまと帰ってください。
リア それは本気か?
リーガン 五十人のお付きで、どうして足りないのです? 大人数では経費もかさみ、とかくもめごとが。一軒の家に、主人のお付きのほかに、別のお付きがいるなんて無理な話しです。
ゴネリル お付きなんかいなくても、私たちの召使いがお世話を。
リーガン 行き届かなければ、私たちが叱ります。私のところへ来るときは、お付きは二十五人。それ以上はおことわりです。
リア わしはすべてを譲り。
リーガン いいときにお譲りになったわ。
リア おまえたちを代理人にしたが、それは百人が条件だった。それをなんだと? 二十五人だと?
リーガン ええ、それ以上はだめです。
リア 悪いやつも、もっと悪いやつが現れるとよく見えるものだな。(ゴネリルに)おまえのところへ行こう。おまえは倍の五十人だ。愛情も倍だろう。
ゴネリル 二十五人も、いえ十人だって、五人だって必要でしょうか。私にはその倍の召使いがいるのに。
リーガン 一人だって必要ありません。
リア ええい、必要を言うな。(角棒を投げ捨てる)必要なものしか持ってはならぬなら、人間の生活は動物と同じだ。衣服が体を包むだけのものなら、おまえのその、派手な、贅沢な服はなんだ? 必要ないはずだ。(天に)天よ、忍耐を。私に必要なのは忍耐です。天よ、私は悲しみを重ねた哀れな老人です。だが、たとえ娘らの親不孝があなたのご意志でも、私は従いたくありません。(娘たちに)いいか、親不孝者! わしはおまえたち二人に必ず復讐するぞ。世界中が恐怖におののくようなことをやってみせるからな。わしが泣くと思っておるな。ええい、泣くものか。泣かねばならぬ理由はいくらでもある。だが、たとえこの心臓が張り裂けても泣かぬぞ。おお道化、わしは気が狂いそうだ。  

 リアは道化のところへ行く。道化はリアに駆け寄って抱きつく。リア、道化、ケント、グロスターは退場する。

コーンウォール さあ、中へ入ろう。(従者たちに)門を閉めろ!  

 ME(非情の門)。ゴネリルとリーガンの従者たちは、持っていた角棒を交差して、すばやく門をつくっていく。

リーガン (その光景を見ていたが、振り返って)狭い家です。お付きまで泊めるわけには。
ゴネリル 自分が悪いのよ。自分でやすらぎを捨てたのだから。愚かさをたっぷり味わうがいい。
リーガン 本人はともかく、お付きはぜったいいや!
ゴネリル 私も!  

 グロスターふたたび登場する。

グロスター たいへんなお怒りです。
コーンウォール どこへ行った?
グロスター 馬をお命じでしたが、どこへ行かれたかは。
コーンウォール 勝手にさせておけ!
ゴネリル 絶対に引き止めないで!
グロスター だが夜です。これではあまりにもひどすぎます。
リーガン 苦しめばいいの! 門を閉めて!  

 リーガンは、リアが投げ捨てていった角棒を拾い、グロスターにさしだす。だがグロスターは王を哀れんで受けとろうとしない。

コーンウォール なにをしておる?
グロスター ・・・ 
コーンウォール 早く門を閉めろ!
姉娘ふたり 門を閉めなさい!   

 グロスターはしかたなく角棒を受けとり、従者たちと同じように、それで門をつくる。

コーンウォール さあ、中へ入ろう。  

 ゴネリルとリーガンとコーンウォールの三人だけが退場する。あとには、人間が角棒でつくった無惨で無情な門があるだけだ。照明は、この酸鼻な光景をひときわてらしてから、ゆっくりゆっくり暗くなる。緞帳は降りてこない。

幕間・現在

 休憩中も幕は開いている。 2幕がはじまる五分前になると、またぞろ俳優たちが登場してきて、本を読みだす。
 この状態が続いて物語の開始の時間になると、客電が消えていく。 俳優たちはなおも本を読んでいるが、リアを演ずる俳優はその林立する俳優たちの間を駆けまわる。道化役の俳優が後を追う。娘たちに蔑まれ、家を追いだされた老人の不幸ははかりしれない。おそらく夜を徹して荒野を駆けまわったのだろう。老人の無念と怨恨の情念が、自滅と世界の終末を期待する。
 俳優たちはそれぞれ所定の位置について、いっせいに声をあわせて本を読みだす。大言壮語なシェイクスピアの、ことば、ことば、ことばを連発する。俳優たちが、自然の風、雨、稲妻、雷を擬人化して語るのは、それが未開の神人同性に起源をもち、自然との距離を救済としてみてしまう十六世紀の現実を表現したいからだ。これはあとになってわかるが、リアの幻覚の像を表現していることを示している。

第2幕

第10場・物語(荒野/早朝)

俳優たち 風よ吹け! おまえの頬が破れるまで吹きまくれ! 雨よ降れ! 瀧となり、そびえ立つ塔もひたってしまうほど降りまくれ! 稲妻よ、その電光でわしの白髪頭を焼き焦がせ! 天地を揺るがす雷よ、丸い地球をたいらにしてしまえ! 生命の母胎をたたきつぶし、恩知らずな人間を作り出す種を打ち砕け!  

 リアは俳優たちの声にあわせて自然に向かって叫ぶ。だが自然は老人の思うようにはならない。日の出の太陽が照りつける穏やかな自然のままだ。道化はリアの異常に気づき、狂気の境界線を越えさせまいと、娘たちとの和解をすすめる。

道化 おじさん、いやな家でも帰ったほうがいいぜ・・・娘と仲直りしてよ・・・これでは、ばかも、利口もない。  

 だがリアの無念と怨恨の情念はとどまることがなく、妄想が妄想を生み、リアの幻覚の像には嵐が実在しているのだ。

俳優たち 風よ吹け! 雨よ降れ! 雷よ、思う存分にとどろけ! 雨も、風も、雷も、稲妻も、わしの娘ではない。酷いおまえたちを親不孝と責めたりはせぬ。わしはおまえたちに財産を与えはしなかった。わが子と呼びはしなかった。だから好きなだけわしをさいなむがいい。だが、おまえたちは卑劣だぞ。恩知らずの娘らに味方して、このような無力な老人に、天の軍勢をさし向けるとは。ああ、ひどいではないか。
道化 おじさん、知恵のないやつは、これが運命とあきらめたほうがいいぜ。そうすれば、狂わなくてすむ。のんきに暮らせるよ。
ケント さあ陛下、小屋へお入りください。
リア かまわないでくれ。
ケント お疲れです。ひとまず中へ。
リア 嵐がなんだ? こんな嵐など、わしの不幸にくらべたら、かよわいものだ。  

 ME(錯乱)。

ケント どうされたのです、陛下! 嵐など吹いてはいません。  

 このケントの台詞と同時に、俳優たちは一斉に背を向ける。

リア なんだと、わしの胸を引き裂く気か。
ケント 引き裂きたいのは、この胸です。さあ、お入りを。
リア ええい、離せ! 親不孝な子どもらよ! おまえらも赤ん坊のときは可愛かった。この手で何度も食べさせてやったものだ。それをなんだ?恩も忘れ、親に噛みつくのか! いや、もう泣くものか。無惨にも親を追い出したのだ。風よ吹け! 雨よ降れ! わしは耐えてみせるぞ。ええい、リーガン、ゴネリル、老いた父を、すべてを与えた娘思いの父をこんな目に・・・
ケント 陛下、どうかお入りください。
リア わしはいい。わしは嵐のおかげで気が紛れる。小僧、おまえ入れ。わしは外のほうがいい。さあ、早く入れ。  

 道化は小屋の中へ入る。するとリアの前を今まで背を向けていた俳優たちが本を読みながら通りかかる。リアはこれを貧しい人々の群と錯覚する。

リア おお、貧しい人々よ、おまえたちはいったいどこへ行く? 教えてくれ、家もなく、満足に食べる物もなく、ぼろを着る身で、どうやってしのいでいるのだ?  

 俳優たちはリアの言葉に本を読むのをやめて振り返る。ME(錯乱)止む。だが貧乏の原因はリアの悪政にあるとばかりに無言で通りすぎていく。

 ME(錯乱)。

リア ああ、わしは今日まで気づかなかった。貧しい人々の苦しみなど、気にもかけなかった。奢れる者よ、貧しい人々の苦痛を味わい、余分なものを分け与えるがいい。そうすれば、富は公平になり、天の正義を示すことになるだろう。  

 道化が大きな叫び声をあげて小屋から飛び出してくる。ME(錯乱)止む。

道化 た、助けてくれ! だ、だめだ。お、お化けがいる。
ケント だれだ? だれがいる?  

 気ちがい乞食に変装した裸のエドガーが出てくる。

エドガー あっちへ行け、悪魔め。しっ、しっ! ついて来るな。ついて来るなというのに!
リア おまえも娘にだまされたのか?
エドガー あわれなトムになにか恵んでくれ。悪魔が引きずりまわすんだ。あいつは枕に短刀をしのばせたり、廊下に首吊り縄をぶら下げたり、スープに毒薬を入れたりして、おれをさんざんな目に会わせるんだ。あんたも正気を失わないようにな。旦那、あわれなトムにお恵みを。おっ、また悪魔がきやがった。よおし、今度こそつかまえてやる。どこだ?そっちか?いやこっちだ。ここだ。ここだ。  

 エドガーは体のあちこちを突っつきまわす。

リア そうか、娘がこんな目に会わせたのか。全部取られてしまったのだな。
ケント この男に娘はいません。
リア 黙れ、またわしに逆らうのか。親不孝な娘がいなくて、人間がこれほどあさましい姿になるものか。見ろ、子に捨てられた父親が、自分の体を無惨に痛めつける。これは、今の流行か?
道化 ああ、あんな目にあったら、だれだって狂っちまう。
エドガー 悪魔には用心しろ! 親の言いつけには従え! 約束は守れ! やたらに誓いをたてるな! 人の女に手を出すな! ぜいたくな衣裳にうつつをぬかすな!
リア 前はなにをしていた?
エドガー ご婦人の恋の相手をする騎士さ。まったくいい気なもんだったよ。髪をちぢらせ、女からもらった手紙を帽子に飾り、ときには奥方さまの夜のお勤めまでした。誓いは口から出まかせ、寝ては女をものにすることを考え、起きてはそれを実行した。ようするに、飲む、打つ、買うの三拍子揃った男よ。ちくしょう、風がおれを刺しやがる。おい、悪魔! おとなしくして旦那を通してやりな。  

 エドガーはなおも体のあちこちを突っつきまわす。

リア 人間とはこれだけのものにすぎぬのか。この男をよく見るがいい。人間衣服を剥ぎ取れば、あわれな二本足の動物にすぎぬ。おお、おまえこそ本物、わしはまがいもの。ええい、こんな借り物なんか捨ててしまえ!おい、ボタンをはずせ!

 リアはむりやり服を脱ごうとする。

道化 よしなよ、おじさん。よしなったら。
ケント 陛下・・・  

 そこへグロスターが登場してくる。

グロスター 陛下!
ケント おお、あなたは。
エドガー おい、あわれなトムになにか恵んでくれ! 悪魔が暴れ出すと、トムの心も狂ってくる。 牛の糞に、どぶねずみ、死んだ犬、なんだって食うんだ。
グロスター 道化に気ちがい、陛下のお付きはこんなやつだけなのか。
エドガー 地獄の魔王は立派な家柄だぞ。
グロスター 陛下、ゆっくり休めるところへお連れします。これ以上、お嬢さま方の命令には従えません。さあ、私と一緒に。
リア その前に、この学者と話しをしたい。雷はなんでおこる?
ケント この方のところへ。
リア 学者と話したい。(エドガーに)おまえはなにを研究しておる?
エドガー 悪魔をだしぬく方法と、シラミを取る方法だよ。
リア なら、教えてもらいたい。
ケント (グロスターに)正気を失いかけておられる。
グロスター じつの娘に命を狙われてはむりもない。ああケントの予言は正しかった。ケント、おまえはいまどこで、なにをしているのだ?・・・王が正気を失いかけておられるといったな。おれこそ気が狂いそうだ。おれもやはり息子に命を狙われた。あんなに可愛がってやったのに。ああ、なんという世の中だ・・・さあ早く、陛下!
リア いやだ、わしは学者と話しがある。
エドガー ちくしょう、また悪魔がきやがった!
グロスター おい、おまえは連れていくわけにはいかぬ。小屋に入れ。
リア なら、わしも入る。
ケント いえ、陛下はこちらへ。
リア いやだ! わしは学者と一緒がいい。絶対に離れぬぞ。
ケント (グロスターに)しかたがない。あの男もお連れください。
グロスター では、おまえが連れてきてくれ。
ケント おい、一緒に来るんだ。
リア 行こう、ギリシアの学者殿。
グロスター (エドガーに)いいか、声を出すな。黙ってついてこい。

 一同はグロスターの案内する農家に向かう。すぐにコーンウォールとエドマンドが登場してくる。場はグロスター伯爵の城の中に変わったが、一同の小屋に向かう姿は、この場の背景として演じられる。コーンウォールは、エドマンドが偽造した手紙を持っている。

第11場・物語(グロスター伯爵の城/朝)

コーンウォール 裏切り者め! 必ず復讐してやる!
エドマンド しかし公爵、親子の情に背いてまで忠義をつくしたとなると、どんなに非難されることか。心配でたまりません。
コーンウォール 今となってみれば、わが子に狙われたのも、グロスターに原因があったことがわかる。
エドマンド 間違いなく、これは密書です。これで、父がフランスと内通していることは確かです。だがその裏切りを、子の私が告発しようとは。(見せかけで頭を抱えて悩む)
コーンウォール 妻に知らせよう。
エドマンド 手紙が事実なら、フランスとの戦争も必至です。
コーンウォール 真偽はともかく、これでおまえはグロスター伯爵だ。父親を探し出せ! 目にもの見せてやる。
エドマンド (無言でうなずく)
コーンウォール 今日からは、おれがおまえの父親だ。さあ、行こう!
エドマンド はい。  

 二人は退場する。グロスター、リア、ケント、道化、エドガーが城に近い農家にやってくる。

第12場・物語(城に近い農家/朝)

グロスター これでも外よりはましだ。なんとか楽にさせてあげたい。すぐ戻ってくるからな。
ケント ご好意に感謝します。  

 グロスターは退場する。

エドガー 悪魔がおれを呼んでるな。親殺しのネロが地獄で魚釣りをしてるって。(道化に)おい、悪魔には気をつけろ。
リア 一千の悪魔が真っ赤な焼き串を振りかざし、娘らに襲いかかればいい。
エドガー 悪魔がおれの背中をかみつきやがる。どうにかしてくれ。
リア よし、やろう。娘らを裁判にかける。(エドガーに)さあ、ここにお座りください、博学な裁判官。(道化に)賢者の席はここだ。さあて、女狐ども。
エドガー 悪魔がそこに立って睨んでやがる。傍聴人には不自由しないよ、奥方さま。
ケント どうしました? ぼんやり立っていないで、少しお休みを。
リア 裁判が先だ。証人どもを呼び出せ。(エドガーに)法衣をまとわれた裁判官、ご着席を。(道化に)同僚の判事は隣の席に。(ケントに)特命判事もお席に。
エドガー 裁判は公正に行う。おい、寝てるのかよ、羊飼い。羊が麦畑を荒らしてるぜ。
リア まず、あの女を引き出せ。長女ゴネリルだ。お歴々の前で宣誓し、証言する。この女は、父である王を足蹴にした。
道化 そなたに聞く。名はゴネリルか?
リア 間違いない。
道化 そんな! おれにはなにも見えない。
リア やい、ゴネリル。その顔を見れば、心が見とおせる。おい、どこへ行く?逃げるな。裁判官、逃がすな!武器を持て、武器を。剣を抜け。火あぶりだ。だめだ、法廷まで買収された。(エドガーに)裁判長、不正だぞ。なぜあの女を逃がした?
エドガー (思わず)お気を確かに。
ケント 陛下、忍耐は? 忍耐はどうされました?忍耐だけは失わぬと、あれほど誇りにされていたはずでは。
エドガー (傍白)あまりにもお気の毒で、涙がこぼれる。これでは正体がばれてしまう。  

 俳優たちが舞台の袖で、犬の鳴き声をする。

リア ええい、離せ、離せというのに。わしはおまえらのえさではないぞ。ええい、離せ、離さぬか。見ろ、野良犬まで寄ってたかってわしに吠えかかる。
エドガー トムが追っ払ってやる。あっちへ行け、野良犬!  

 エドガーは自分も犬になって追い立てる。

リア よーし、次はリーガンを解剖しろ。親不孝な冷酷な女だ。心臓がなんで出来ているか見てみたい。  

 エドガーはリーガンに見立てたものに襲いかかる。そしてリーガンの心臓を口にくわえてリアに渡す。

リア 思ったとおり、やはり石だ。よーし、よし、よくやった。きょうからおまえはわしのお付きだ。百人の一人にしてやる。ただ、その服装はいかん。それは変えろ。
ケント もうどうか陛下、お休みを。
リア 静かに、静かにしてくれ。カーテンを引け。よし、それでいい。朝になったら晩飯にする。
道化 ならおれは、昼になったら寝よう。  

 リアはやっと寝る。ケントがかいがいしく世話をしていると、グロスターがふたたび登場してくる。

グロスター 王はどうだ?
ケント すっかり正気を失われて。今やっとお休みになったところです。
グロスター そうか、なら起こさぬほうがいいな。王暗殺の陰謀がある。担架を用意したからドーヴァーまで運んでくれ。そこに行けば、ある人が助けてくれる。早くしろ。ぐずぐずしていると、王もわれわれの命もない。さあ、お運びしろ。
ケント (リアを見て)ぐっすりお休みだ。起こさぬようにしないと、回復が難しくなる。
グロスター 早くしろ。  

 ケントはリアを担ぐ。

グロスター さあ、早く行ってくれ。  

 エドガーをのぞいて一同退場する。

エドガー 王も苦しんでおられる。それを思うと、おれの苦しみもやわらぎ、耐えていけそうだ。王は娘に、おれは親にか。さあトム、行くぞ。この争いを見守り、望みは捨てるなよ。そうすれば、いつか必ず無実が証明され、父と和解ができる。  

 エドガーは決意新たに退場する。照明はひとり残った道化を印象的に照らす。道化はその照明のなかでゆっくりと立ち上がり、舞台奥つまりはるか彼方に消えてゆく。これは道化とリアの逆転、つまり道化の死と道化の歴史の終焉を暗示している。この道化の世界を打ち消すように、コーンウォール、リーガン、ゴネリル、エドマンド、オズワルド、従者たちが登場する。

第13場・物語(グロスター伯爵の城/昼)

コーンウォール (ゴネリルに)至急、ご主人にこの手紙を。フランス軍上陸です。グロスターめ、引っ立ててきたら、とことん苦しめてやる。そうでもしなければ、この怒りはおさまらない。
リーガン 縛り首に。
ゴネリル 目をくり抜いたら。
コーンウォール 処分は私が。エドマンド、おまえは姉上をお送りしろ。おまえの目の前で、親を処刑するわけにはいかない。むこうに着いたら、オールバニ公に至急戦争の準備をするように言え。こちらもすぐに取りかかる。今後は連絡を密にしたいとな。では、行ってこい。姉上、お気をつけて。
ゴネリル お元気で、公爵。それから(リーガンへ)あなたも。
コーンウォール 頼んだぞ、グロスター伯爵。  

 ゴネリル、エドマンド、オズワルド退場する。リーガンは心配そうに見送る。それと入れ違いに、二、三の召使いに引っ立てられてグロスターが登場する。

グロスター 離せ! 手を離せ! お二人は私の客、なにをなさる?
リーガン 裏切り者!
グロスター 私は裏切り者ではない。
コーンウォール 悪党め、思い知らせてやる。  

 リーガンはグロスターの髭を抜く。

グロスター あっ! 髭を抜くとは無礼な!
リーガン (抜いた髭を見て) この年でよくも謀反を。
コーンウォール フランスから手紙が来たな?
リーガン 白状なさい。
コーンウォール なにをたくらんでいる?
グロスター あれは推測で書かれたもの、敵のものではない。
コーンウォール いいわけだ。
リーガン 白々しい。
コーンウォール 王をどこへ逃がした?
グロスター ・・・
コーンウォール 言わなくてもわかってる。ドーヴァーだ。
グロスター ・・・
リーガン なぜ、ドーヴァーへ?
コーンウォール ドーヴァーでなにをする? 答えろ!
グロスター ・・・
リーガン なぜ、ドーヴァーへ?
グロスター あなたや姉君が王を傷つけるのを見たくなかったからだ。あんな悲惨なことは狼でもやらぬ。あなた方は獣にも劣る。この目でしっかりと天罰が下るのを見てやる。
コーンウォール いいや、見せてなどやるものか! おい、こいつを倒せ! その目を踏みつぶしてやる。  

 召使いはグロスターを倒し、コーンウォールはその目を踏みつぶす。

グロスター ああっ! 助けてくれ! だれか助けてくれ! おお、なんと酷いことを。
リーガン まだ見える。こっちの目も。
コーンウォール ええい、それほど天罰が見たいか・・・  

 コーンウォールがもう一方の目を踏みつぶそうとしたとき、召使いが止めに入る。

召使い おやめください。ここはお止めするのが奉公、どうかおやめください。
リーガン 犬がなにをいう。
召使い 犬だと? 男だったら許しませんぞ。
コーンウォール なら、おれが相手になってやる。来い! 下郎!

 コーンウォールは剣を抜く。

召使い しかたがない。怒りの剣を受けるがいい。  

 召使いは剣を抜いて猛然と向かっていく。二人は立ち回る。コーンウォールの形勢不利と思いきや。

リーガン (別の召使いに)剣を! 下郎のくせに生意気な!  

 リーガンは剣を取り、召使いを背後から刺す。

召使い@ うっ、卑怯な・・・伯爵、残った目でごらんを・・・あの男に傷を・・・  

 召使い@は死ぬ。

コーンウォール ええい、もう二度と見えないようにしてやる!  

 コーンウォールは残った目を残忍にもえぐり取る。

グロスター ああっ!

 グロスターは悲痛な叫び声をあげる。それとともに照明ゆっくり暗くなる。

コーンウォール どうだ裏切り者! これで光も消えた!
グロスター なにも見えない。すべては闇だ。息子はどこだ? エドマンドはどこにいる? エドマンド! 頼むから、この残忍な二人に報復してくれ!
リーガン 頼んでもむだ! 息子はおまえを憎んでる。エドマンドなんだよ、おまえを密告したのは。
グロスター なんだと?
コーンウォール 彼が今はグロスター伯爵だ!
グロスター ・・・なら・・・ああ、おれはなんとばかなことを。エドガーは無実だったのだ。
リーガン (召使いに)目ざわりだ。外へ出して!  

 召使いたちがグロスターを引きずって退場するや、コーンウォールが突然倒れる。

リーガン どうしたの?
コーンウォール 血がとまらない。(召使いに)なにをしてる? 早く出せ! この下郎は糞溜にでもほうりこんでおけ!  

 召使いたちは死体も引きずって退場する。

コーンウォール (リーガンに) 悪いときにやられた。手をかしてくれ。
リーガン  (リーガンは手をかさず、召使いに) ベッドに運んで!  

 召使いは、石のようにうずくまったまま手をかさない。しかたなくリーガンは、コーンウォールをささえて退場する。やがて召使いAとBが起きあがり、怒りの声を発する。

召使いA どんな悪いこともしたくなるな。あんな男が幸せになるなら。
召使いB それに、あんな女が長生きして、寿命をまっとうするなら、女はみんな化け物になってしまう。
召使いA おれはいますぐ、グロスター伯爵を追いかけて、あの気ちがい乞食を探しだし、世話をさせる。
召使いB ああ、おれは麻と卵の白身をとってきて、あの血だらけの顔を手当する。

 召使いAとBはうなずくやいなや、全速力で走って退場する。だれもいなくなると、そこは昼下がりの荒野。エドガーが静かに登場する。気ちがい乞食の振りはしていない。

第14場・物語(荒野/昼)

エドガー 人間、どん底まで落ちてしまえば、あるのは希望だけ、不安はない。絶頂にいればこそ、転落の悲しみに会う。どん底なら落ちようがない。だれかきた。  

 グロスターが老人に手を引かれて登場する。

エドガー あの老人は?・・・父上ではないか。
老人 旦那様、私は先代からお仕えして、かれこれ八十年になります。
グロスター もう行け、行ってくれ。頼むから帰ってくれ。慰めはいらん。
老人 だが、その目では道が?
グロスター おれには道はない。だから目もいらぬ。ああ、いとしい息子、エドガーよ! 愚かな父のあわれな犠牲よ! おまえにもう一度会うことができたら、そのときこそ、父は目をとりもどしたと言うだろう。
エドガー (傍白)ああ、「おれはどん底」などとだれが言える? 今こそどん底以下だ。
老人 だれだ?・・・なんだ気ちがい乞食か。
エドガー (傍白)いや、もっと落ちるかもしれない。「これがどん底」などと言える間は、どん底ではないのだ。
老人 おい、どこへ行く?
グロスター 乞食か?
老人 はい。それも気ちがいの。
グロスター 乞食ができるなら、多少は正気のはずだ。今朝も乞食に会ったが、人間とは虫けらよと思った。そのときふと息子のことを思いだし、無実とは知らなかったから腹を立てた。ああ、人間なんて、神が気まぐれに殺す虫けらにすぎん。
エドガー ああ、実の親に、しかも悲しみのどん底にいる人に、気ちがいの真似をするのは辛い。(乞食に扮して) 旦那、なにか、恵んでくれ。
グロスター 裸の男か?
老人 はい。
グロスター ならおまえは帰ってくれ。おれはこれからドーヴァーへ行く。こいつに手引きをさせる から、なにか着る物を持ってきてくれ。
老人 気ちがいですよ。
グロスター 狂人が盲人を導くのも時世だ。いやならいい。
老人 わかりました。わたしの一番上等の服を持ってきてやります。

 老人は退場する。

グロスター 裸の男!
エドガー うう、悪魔がおれを刺しやがる。(傍白) これ以上ごまかしきれない。
グロスター ここへ来い。
エドガー (傍白) だが、ごまかさなければ。(グロスターに) その目は? (笑う) 血が出ている? (笑う)
グロスター ドーヴァーまで行けるか?
エドガー 道なら知っている。おれは悪魔に正気を奪われたんだ。
グロスター この財布を取れ。災いによく耐えてきたな。わしの不幸の分だけおまえは幸福だ。ありあまる財産を持ちながら、他人の不幸を見ぬやつらに、天の力を見せつけよ! 富の分配を公平にし、不幸な人々を満ちたらせるのだ! ドーヴァーを知っておるか?
エドガー ああ。
グロスター そこには、見おろすも怖ろしい断崖絶壁がある。そこに案内しろ。礼に金目のものをやろう。その先は案内はいらぬ。
エドガー (父の自殺を察して)手を・・・連れてってやる。

 二人は退場する。ゴネリルとエドマンドが登場する。ここはオールバニ公爵の邸の前。

第15場・物語(オールバニ公爵の邸の前/昼)

ゴネリル 着いたわ、伯爵。変だわ、主人が迎えに出ないなんて。(奥へ)旦那さまは?  

 一足先に到着したオズワルドが登場する。

オズワルド 奥におられますが、それがおかしいのです。
ゴネリル おかしい?
オズワルド はい。フランス軍上陸にはにっこりされ、奥さまお帰りには「まずいな」の一言。グロスターの裏切りとエドマンドさまの忠節には「善と悪が逆さまだ」といわれるのです。
ゴネリル (エドマンドに)会わないほうがいいわ。あの人は臆病なのよ。あなたはコーンウォールの所へもどってすぐに兵を集めて。私は夫にかわって軍を指揮します。ふたりの連絡はこれが。あなたに勇気があれば、いずれ重大なことを打ち明けます。これをつけて。  

 ゴネリルは愛情のしるしとしての宝石を与えると、咄嗟にキスをする。

ゴネリル 私の言いたいこと、おわかりね。
エドマンド 光栄です。命にかけて。  

 エドマンドは退場する。

ゴネリル ああ、私のグロスター。同じ男でこうも違うものかしら。あなたなら、どこまでも尽くしたくなる。
オズワルド 旦那様が。  

 オールバニ登場する。

ゴネリル 素っ気ないお出迎え。
オールバニ おまえはなんの価値もない女だ。生みの親をないがしろにするようでは、ろくな死に方はできん。
ゴネリル やめて!
オールバニ 善が悪としか見えないのか。汚物はまさに汚物をあさる。おまえたちは娘ではない。人間ではない。老いた王を無惨に狂わせた。コーンウォールも王の恩を忘れて、おまえらの言いなりだ。
ゴネリル 意気地なし。殴られても殴りかえそうともしない。フランスが侵攻してきて、この国を脅かしているのに、臆病者は座って文句を言うだけ。
オールバニ 自分を見ろ! 悪魔め! 女に化けた悪魔が一番恐い!
ゴネリル ばかなことを。
オールバニ この手を怒りにまかせていいなら、八つ裂きにしてやるところだ。女の姿だから許してやる。
ゴネリル 男らしいこと。  

 このとき、使者が大声をあげて登場する。

使者 申しあげます。
オールバニ なんだ?
使者 コーンウォール公爵がお亡くなりに。グロスター伯爵の目をえぐろうとしたとき、召使いの手にかかって。
オールバニ グロスターの目を? で、グロスターは?
使者 両目を失ってしまわれました。  

 使者はゴネリルに手紙を差し出す。

使者 妹さまからです。すぐご返事を。
ゴネリル (傍白) 邪魔者がいなくなり、王国を独占できる。だが、未亡人の妹が若いグロスターと一緒ではまずい。(使者に) すぐ返事を。

 ゴネリルは急いで退場する。

オールバニ グロスターが目をえぐられたとき、エドマンドはどこにいた?
使者 この邸に。
オールバニ ここにはいない。
使者 はい、また引き返したのです。
オールバニ エドマンドは知っているのか、このことを。
使者 もちろんです。あの男が父親を密告し、処刑させた本人です。
オールバニ ・・・グロスター、王への忠心には私が報い、仇を討ってやる。奥で詳しい話しを。  

 オールバニと使者が退場していくところへ、別方向からグロスターの声が響きわたる。エドガーが手を引いている。場はドーヴァーに近い野原に変わっている。

第16場(ドーヴァーに近い野原/昼)

グロスター 崖の上はまだか。
エドガー 今のぼっているとこです。
グロスター 平らなようだが。
エドガー ひどい坂です。ほら、波の音が聞こえるでしょう?
グロスター (耳をすまして)いや、聞こえぬ。
エドガー じゃあ、目のせいで耳までだめになっちまったんでしょう。
グロスター そうかもしれぬ。おい、おまえ、声も言葉使いも変わったな。
エドガー とんでもない。服が変わっただけです。
グロスター おかしいな。
エドガー さあ着いた。動かないで!こんな深い崖は見たことが ない。おっそろしくて目がくらむ。下を見ると、飛んでる鳥が甲虫ほどにしか見えない。崖にぶら下がって浜芹を摘んでるやつがいる。危ない商売だ。漁師たちが浜辺を歩いているが、まるでねずみのようだし、沖の大型船はボートぐらいにしか見えない。岩に砕け散る波の音もこう高くっちゃあ聞こえない。もう見るのはよそう。目がまわってまっさかさまに落っこちかねないや。
グロスター そこに立たせてくれ。
エドガー 手を!  

 エドガーはグロスターの手を引いて連れていく。

エドガー おっと、あと一歩で崖っぷちだ。
グロスター 手を離せ。この財布をやる。中の宝石は貧乏人には価値があろう。さあ、もう用はない。足音をさせて行け!
エドガー じゃあ旦那。 グロスター 世話になった。元気に暮らせ。

 エドガーは足音をさせて立ち去るふりをしてから振り返り、グロスターを注意深く見守る。

グロスター 神々よ、私は今この世とともに苦しみも捨てます。御心に逆らう気持ちはありませんが、もはや先の知れた命、どのみち近々燃え尽きましょう。神々よ、エドガーにお恵みを。エドガー、愚かな父を許してくれ!
エドガー じゃ旦那、行きますよ!  

 エドガーはそう言ってすぐにグロスターの方に振り返る。グロスターは前に身を投げる。静寂。

エドガー 待てよ。人間思いつめれば、本当になることがある。(声を変えて) おい、あんた、聞こえるか・・・死んだのでは・・・いや、気がついた。だれだい、あんたは?
グロスター 死なせてくれ!
エドガー まるで蜘蛛の糸か、鳥の羽根みたいだった。あんな高い所から落ちてきたのに生きてる。しかも、けが一つしていない。奇跡だよ。
グロスター 落ちたのか、ほんとうに。
エドガー ああ、あの崖のてっぺんからだ。  

 グロスターは上を見上げる。

グロスター 見たくとも、目がない。ああ、不幸な人間は、死んで楽になることもできぬのか。
エドガー 手を。足はどうだ?立てるか?
グロスター 立てる。大丈夫だ。
エドガー さっき、崖の上であんたと別れていったのはなんです?
グロスター あわれな乞食だ。
エドガー いや、あれは悪魔だ。下から見ていたら、満月のような目で角まであった。
グロスター 人間かと思ったが、そういえばしきりに悪魔、悪魔と言っておった。
エドガー 運のいい旦那だ。きっと神様が助けてくださったんだよ。
グロスター そうか・・・よし、おれは生きるぞ。これからは、苦しみのほうが悲鳴をあげて倒れるまで耐え抜こう。
エドガー そうだ、それがいい。だれか来た。  

 服はぼろぼろ、野草の花を身につけた狂乱のリアが登場する。

リア わしが偽金をつくったからといって何が悪い。わしは王だぞ。自然は人工より優る。そら、入隊の前金だ。なんだ、その弓の引き方は?まるで案山子ではないか。矢の長さいっぱいに引け! おい、おい、ネズミだ。シーッ、静かに。このチーズでとってやる。よし、攻撃するぞ。巨人とも戦うぞ!矛の隊を呼べ! おお、よく飛んだ、鳥のようだ、ヒューッ、当たった、当たった。(エドガーに)合い言葉を言え。
エドガー マヨラナの花。
リア 通れ。
グロスター その声は・・・

 リアはグロスターを見ると急に発狂して身を退け、奇態な声をあげる。

リア ああっ、ああっ、ああっ。やいゴネリル、白い髭を生やしたな。わしは髭も生えぬうちから賢者とへつらわれた。わしがなにを言っても、返事は「はい」だ。家を追い出され、わしが「風よ吹け!雨よ降れ!」と叫んでも、自然はなにひとつ変わらなかった。それでわかった。あいつらはわしを全能だと言いおったが、嘘だ!わしもただの人間だ。
グロスター その声は王では?
リア 王だとも。わしがにらめば臣下はふるえる。(架空のエドガーに)そいつは許す。(架空のグロスターに)おまえの罪はなんだ?姦通か。命は助ける。姦通で死刑? ばかな! ミソサザイもやる。ハエもやる。みんな大いにやればいい。グロスターの私生児は、わしの娘より親思いだ。私生児けっこう、もっとやれ!やって、やって兵隊をふやせ!あの女を見ろ!顔を見れば雪のように清浄と思う。色事と聞くだけで眉をひそめる貞淑な女だ。だが、猫や馬もあの女ほど飢えてはおらぬ。まさに上半身は神が支配し、下半身は悪魔のもの。地獄だ、暗黒だ、硫黄の穴だ。火と燃え、煮えたぎり、腐れただれて悪臭が鼻につく。うっ、たまらん。ペッ、ペッ! 薬屋、毒消しをくれ! 胸を清める。そら、金だ!
グロスター どうか、どうかそのお手を。
リア 待て、手をふく。死臭がする。
グロスター 自然の傑作がこうまで損なわれるとは。ああ、この世界もいずれはこのように滅んでしまうのか・・・私をおわかりで?
リア その目は覚えておる。なんだ、わしに色目を使うのか? わしは惚れたりはせんぞ。  

 リアは突然書状を書く動作をしてから。

リア この挑戦状をよく読め!
グロスター 私には読めません。
エドガー (傍白) ああ、これが現実か。胸が張り裂ける。
リア さあ、読め!
グロスター 私はめくらです。
リア (笑う) 顔に目なく、財布に金なしか。だが、世の中は見えるだろう。
グロスター 心の目にしみるほど見えます。
リア 世の中を見るのに目などいらぬ。耳で見ろ! あそこで裁判官が泥棒を叱っておる。いいか、ふたりが入れかわった。どっちが泥棒で、どっちが裁判官だ? 耳で見ろ! 農家の犬が乞食に吠える。乞食は犬から逃げる。これが権威というものだ。犬だって権威を持てば人を動かす。おい、そこの役人、なぜその淫売をなぐる。自分をなぐれ。おまえだって欲情しておるくせに。高利貸しが詐欺師を裁く。ボロでは隠せぬ悪事も、法衣はおおい隠す。罪も金の鎧を着れば、敵なし。罪人などおらぬ。一人もおらぬ。おまえもガラス玉を入れて、見えるふりをしろ。  

 グロスターは声をあげて泣く。

リア おい、靴を脱がせろ。もっと引っ張れ! もっと。よし。
エドガー (傍白) 狂気の中にも理性がある。
リア わしの不幸を泣いてくれるなら、わしの目をやる。おまえのことは知っておる。グロスターだ。辛抱するのだ。人間は泣きながら生まれてきたのだからな。
グロスター ああ、おいたわしい。
リア 人間が生まれてくるとき泣くのは、この世のばかな舞台に引きずりだされるのが、いやだからだ。(突然)おい、婿どもの邸に襲いかかれ! 容赦はするな。殺せ! 殺せ! 殺せ!  

 騎士が従者たちを連れて登場する。

騎士 おお、ここにおいでだ。(リアに)お手を。フランス王妃、コーディーリアさまよりお迎えに。
リア わしは捕虜か。運命の道化なのか。身代金なら出す。医者を呼べ。脳をやられた。
騎士 さあ、陛下。  

 騎士はリアを連れて行こうとする。リアはその手 を振り払って。

リア 助けるものはおらぬか? それなら喜んで死んでやる。いいか、わしは王だぞ。
騎士 はい、王です。
リア では、まだ望みがある。この命が欲しいなら、さあ、捕まえてみろ!

 リアは気の狂った音声を発しながら退場する。従者たちは後を追う。

グロスター 神よ、私の命をお召しください。二度と自殺はしません。
エドガー いいお祈りだ。
グロスター どなただ?
エドガー 哀れな男さ。不幸のどん底にいたので思いやりはあります。さあ、手を。どこか休める所へ。
グロスター ありがたい。あなたに天の恵みがありますように。  

 オズワルド登場する。

オズワルド 懸賞金付きのお尋ね者だ! こいつは幸運。出世できる。老いぼれの謀反人、覚悟はいいか。
グロスター ありがたい。ひと思いにやってくれ。  

 エドガーがかばう。

オズワルド どけ、どかないとおまえも殺す。
エドガー うるさい!
オズワルド どけ!
エドガー 近づいてみろ。頭を叩き割ってやる!
オズワルド なにを!  

 オズワルドは斬りかかっていくが、エドガーがあっという間にたたきのめす。

オズワルド 下郎め・・・おい・・・懐に手紙が・・・  

 エドガーはオズワルドの懐から手紙を取り出す。

オズワルド その手紙を・・・グロスター伯爵に届けてくれ・・・
エドガー グロスター伯爵?
オズワルド エドマンドだ・・・ブリテン軍にいる・・・ああ、こんなに早く死ぬとは・・・  

 オズワルドは死ぬ。エドガーは手紙を開ける。

グロスター 死んだか?
エドガー ええ。(手紙を読む)「私たちの誓い、お忘れにならないで。あの人をかたづける機会はいくらでもあります。あの人が勝って帰れば、私は囚人です。どうか私を助けて! 早く私の夫になってください。愛するゴネリルより」情欲の塊め!夫を殺し、弟に乗りかえか。よし、この手紙はいつかオールバニ公爵に。(グロスターに)手を。  

 ME(戦太鼓)

エドガー 戦太鼓だ! さあ、早く行きましょう。  

 二人が退場すると、コーディーリアが上手に、ケントが下手に現れる。ふたりは感無量で走りよって手を握りあう。コーディーリアのそばには医者がいる。

第17場・物語(フランス軍の陣営/夜)

コーディーリア ああケント、あなたのご好意には、どれだけ感謝したらいいのか。
ケント そのおことばで十分です。私はありのままをお伝えしただけです。
コーディーリア 着替えていらっしゃい。その服は不幸な日々を思い出させます。
ケント (服に手をやって)これだけは。いま正体を明かしてしまうと、せっかくの計画がだめになってしまいます。どうかある時までは、知らないことに。
コーディーリア わかりました。(医者に)お父さまは?
医者 ぐっすりお休みでしたから、もうお起こししてもよいかと。きっともとにおもどりです。どうぞおそばに。  

 コーディーリアはうなずいてリアの寝室に向かう。ME(再会)が流れる。舞台中央のベッドにリアが寝ている。ベッドのわきにはコーディーリアの従者がいる。

コーディーリア お父さま・・・お父さま・・・  

 リアは目覚める。

コーディーリア あっ。(ケントに) お目覚めよ。(リアに) いかがです、陛下、ご気分は。
リア ひどいではないか、墓から連れ出すとは。おまえは天国の霊魂だな。
コーディーリア わたしがおわかりですか?
リア あたりまえだ。おまえは霊魂だ。いつ死んだ?
コーディーリア ああ、まだまだとても。
医者 はっきりお目覚めではないのです。しばらくそのままに。
リア わしはどこにいた? ここはどこだ? 日の光か。だまされたか。これはわしの手か? いったいどうなっておる。
コーディーリア わたしをご覧になって、お父さま。どうかその手で祝福を。  

 リアは反対にひざまづく。

コーディーリア そんな、いけません。膝をおつきになっては。
リア からかわんでくれ。わしはただのばかな老人だ。すでに八十の坂を越えた。どうやら頭もまともではないらしい。だいたいここがどこなのかわからぬ。いくら思いだそうとしても、この服に覚えがない。ゆうべどこに泊まったかもわからぬのだ。だが、あんたには見覚えが・・・笑わんでくれ、わしにはどう見ても、あんたがわが子コーディーリアとしか思えぬ。  

 ME(再会)カットアウト。

コーディーリア 私です。私です、お父さま。コーディーリアです。
リア おお、コーディーリアか、わしの娘、コーディーリアか。
コーディーリア お父さま!  

 コーディーリアはリアに抱きつく。

リア コーディーリア!

 リアはコーディーリアをしっかりと抱く。突然娘から離れる。

リア 泣かんでくれ。毒を飲めというなら飲む。おまえはわしを恨んでおる。
コーディーリア 恨んでなんかいません。コーディーリアはお父さまをずっと愛しています。お父さま!
リア コーディーリア!  

 二人はふたたび抱き合う。

リア どうかこらえてくれ。なにもかも忘れて許してくれ。わしは、愚かな、愚かな老人なのだ。  

 ME(再会)ふたたび流れる。二人の抱き合う姿、ケントと従者たちのもらい泣きの姿のまま照明ゆっくり暗くなる。ややあってこのME(再会)を 打ち消すように、エドマンドの声が聞こえてくる。ここは、ドーヴァーに近いブリテン軍の陣営。エドマンド、リーガン、兵士たちがいる。

第18場・物語(ドーヴァーに近いブリテン軍の陣営/夜)

エドマンド 公爵にうかがってこい。さっきの計画に変更はないか。公爵はすぐに気が変わる。これでは兵士の士気にも影響する。早くうかがってこい。  

 一人の兵士退場する。

リーガン 頼もしい人。わたしの気持ちは変わらないわよ。正直に言って。姉と寝たでしょ。
エドマンド そんな。
リーガン 女の直感よ。そうでしょ。
エドマンド ちがいます。
リーガン 姉でも許さないから。いい。  

 そこへオールバニを先頭に、ゴネリル、兵士たちが登場する。

エドマンド 公爵です。  

 エドマンドとリーガンは公爵を迎える。

ゴネリル (傍白)妹に負けるなら、戦争に負けたほうがいい。
オールバニ 伯爵、王はすでに末娘のところなのに、フランス軍は進撃をやめない。やはりフランスの魂胆は、わが国侵略だ。皆を集めろ! 作戦を伝える。
エドマンド  わかりました。  

 ME(戦太鼓)。エドマンドが退場するのとすれ違いに、変装したエドガーが登場する。

エドガー 身分は低いのですが、ひとこと。
オールバニ 先に行ってくれ。  

 オールバニとエドガーを残して一同退場する。

オールバニ なんだ?
エドガー 戦いの前にこの手紙を。勝利のときは、そこに書かれていることを剣で証明します。敗北なら、陰謀も消滅します。それでは。
オールバニ 待て! 今読む。
エドガー 急ぎます。必ず来ます。
オールバニ わかった。読んでおく。  

 エドガーは退場する。エドマンドがふたたび登場する。

エドマンド 敵が姿を現しました。すぐに応戦の用意を。
オールバニ よし、戦闘開始だ。  

 二人は退場する。舞台袖で俳優たちが戦闘の声をする。ここは両陣営の間の戦場。エドガーがグロスターを連れて登場する。

第19場・物語(両陣営の間の戦場/夜)

エドガー ここで待っててください。正しい方が勝つことを祈って。もどってこられたらいい知らせだ。
グロスター 無事を祈っておるぞ。  

 エドガーは退場する。それとともにME(早い戦太鼓)と戦闘の声が響きわたり、ブリテン軍とフランス軍とが上下より登場する。ME(戦闘)が流れる。激しい戦闘が紗幕ごしにうつされる。情勢は決した。俳優たちがブリテン軍勝利の喚声をあげる。エドガーがあわてて登場する。

エドガー 逃げるんだ。フランス軍は負けた。リア王は捕虜になった。娘さんもだ。さあ、手を。
グロスター もういい。ここで死ぬ。
エドガー また悪い考えを。人間、生まれるのも、死ぬのも思うようにはならない。その時が来るのを待つんだ。
グロスター ・・・そうだな、おまえの言うとおりだ。
エドガー さあ、早く。  

 二人は退場する。照明が舞台全体を照らすと、紗幕ごしにリアとコーディリアが捕虜になっている。二人を囲む兵士たちの角棒。エドマンドはあの三つの権力の椅子の中央に座っている。紗幕が上がる。

第20場・物語(ドーヴァーに近いブリテン軍の陣営/夜)

エドマンド だれでもいい、この捕虜を連れて行き、よく見張っておけ! 処分はいずれ決まる。
コーディーリア 申しわけありません。お父さまのためにと思ってしたことが、こんなことに。私はともかく、ご不幸続きのお父さまには心が痛みます。お会いになりますか、お姉さまたちに。
リア 会わぬ。絶対に会わぬ。牢獄に行こう。籠の鳥のように、二人だけで暮らそう。お祈りをし、歌を歌い、昔話をして静かに暮らそう。  

 リアの言葉に、コーディーリアは堰を切ったようにどっと泣く。

エドマンド 隊長!  

 エドマンドは隊長を呼び、自分とゴネリルが署名した書状を見せる。

エドマンド この書状を持って牢獄へ行け。これを実行したらおまえは昇進する。出世したいなら、だれかを蹴落とすしかない。軍人に情けはいらない。どうだ、やるか。
隊長 やります。いつまでも百姓をするつもりはありません。
エドマンド そうか、ならすぐにやれ!
隊長 はい。  

 ME(ファンファーレ)。エドマンドは隊長に書状を渡す。隊長はそれを受け取って退場する。大歓声をあげて、オールバニ、ゴネリル、リーガン、兵士たちが登場する。

オールバニ 伯爵、今回の働きは見事だった。さっそく、捕虜二名の処遇を考えたい。
エドマンド リア王はすでに見張りをつけて牢獄に。フランス王妃も監禁しました。
オールバニ おまえは私の部下だ。私をさしおいて命令は出せない。
リーガン 資格はあります。伯爵は私のかわりに軍を率い、勝利に導いたのです。
ゴネリル そう興奮しないで。この人には天性の資格がある。
リーガン いいえ。私のおかげでここまでになったの。
ゴネリル なら、夫にしたら?
リーガン 冗談が本当になるわよ。
ゴネリル (笑って) なるわけがない。
リーガン なんだって? 気分が悪いから言い返さないわ。伯爵、私の兵も、捕虜も、財産も、この私もすべてあなたのもの。(一同に)この人を私の夫にします。
ゴネリル 認めない!
オールバニ 止める権利は、おまえにはない。
エドマンド 公爵にも。
オールバニ 私にはある。
リーガン (エドマンドに) 早く、夫になったと公表して。
オールバニ 待て! わけを言う。おまえと妻を大逆罪で逮捕する。妹の要求は認められぬ。この男とは妻が再婚を約束している。結婚したいなら私を選んでは?
ゴネリル ばかなことを。
オールバニ 剣はあるな。おまえの罪を証明する者が現れる。現れなければ、私が相手だ!
リーガン 胸が・・・胸が苦しい。
ゴネリル (傍白) 薬が効いた。
エドマンド よし、受けて立ってやる。おれを謀反人呼ばわりするやつは出て来い! 大嘘つきの悪党め! おれは真実と名誉を守る!
リーガン 胸が・・・苦しい・・・息が苦しい・・・ああっ・・・
オールバニ 連れて行け!  

 リーガンはすさまじい形相でゴネリルをにらむ。兵士たちにささえられて退場する。エドガーが武装して登場する。

オールバニ 名前と身分と、現れた理由を言え!
エドガー 名前は名乗れませんが、身分は相手と同じです。
オールバニ 相手とは?
エドガー グロスター伯爵を名乗るのはだれだ?
エドマンド おれだ!
エドガー 剣をぬけ! おまえは汚れはてた謀反人だ!
エドマンド その汚名はおまえに投げ返してやる。  

 エドマンドは架空の剣をぬいて猛然とエドガーに斬りかかっていく。静寂のなかで兄弟が戦う。あっという間にエドガーの剣がエドマンドを斬る。ゴネリルが大声をあげてかけ寄る。

ゴネリル グロスター! あなたははかられたのよ。名前を言わない者なんか、相手にしなければよかったのに。
オールバニ 黙れ! この手紙が証拠だ。自分の悪事を読め。覚えがあるだろう。
ゴネリル あったらなんなの? あなたには裁かれないわ。
オールバニ 悪党め! これはおまえが書いたんだな?
ゴネリル くどいわねえ。わかってたら聞かないで。  

 ゴネリルは退場する。

エドマンド 公爵の言われた罪は、みんな私がやったこと。(エドガーに) だが、おまえはだれだ? 顔を見せろ!
エドガー 血筋は同じ。おまえの父の子、エドガーだ。  

 エドガーは顔を隠したものを取る。

エドマンド ・・・
エドガー 父はおまえのせいで目を失われた。
オールバニ 貴族だとは思っていた。父上の不幸を知っていたのか?
エドガー ずっと一緒でした。父に名前を明かしたのは、つい先ほど。私が乞食になりすまして道案内をし、絶望から救ったことを話すと、衰弱した父はその衝撃に耐えきれず、喜びと悲しみに引き裂かれ、ほほえみをたたえながら亡くなりました。  

 エドガーは泣く。その時、ゴネリルの召使いが架空の短剣を持って登場する。

召使い たいへんです。たいへんなことが・・・
オールバニ  どうした? その剣の血は?
召使い 奥さまが、奥さまがお亡くなりに。妹さまを毒殺して、ご自分も胸をついて。
エドマンド 二人と婚約した。これで三人一緒に死の婚礼だ。おれのために妹を毒殺した姉は自殺!
オールバニ そうだ。
エドマンド 悪党らしくないが、死ぬ前にひとつだけいいことを。リアとコーディーリアを殺せと命じた! まだ間に合う!

 エドマンドは死ぬ。

オールバニ 急げ! 急いで行け! 王とコーディーリアを助けだすのだ!  

 このオールバニの台詞終わりで、ME(テーマ曲)が高らかに流れる。泣き叫ぶ声。リアが両腕にコーディーリアの死体を抱いて登場する。

リア 泣け! 泣け! 泣かぬか! ああ、おまえたちは石か。わしにおまえたちの力があれば、天を砕こうものを。ああ、この子は永久に逝ってしまった。死んだか、生きておるかぐらいは、わしにもわかる。この子は死んだ。鏡をかせ! 息をしておれば鏡が曇る。羽根が動く。まだ息をしておる。ああ、これが生きてさえいれば、わしのどんな悲しみも消える。  

 ケントが登場してひざまずく。

リア 寄るな! 人殺しめらが。おまえたちは一人残らず謀反人だ。ああ、もう遅い、コーディーリアは永久に逝ってしまった。えっ? なにか言ったか。おまえの声は、いつも優しく静かだった。おまえを殺したやつは、わしがやっつけてやった。昔はわしも強かった。だが、もう年をとった。苦労ばかりで腕も鈍った。だれだ? 目もおとろえた。
ケント 陛下、あの家来はどうしました?
リア ケントか? あれはできる。あれはいいやつだ。だが、死んだ。
ケント 名乗ってもむだだ。おわかりにならぬ。
リア わしのかわいいやつが、ばかめ、絞め殺されたぞ。もう、もう、だめだ。犬も、馬も、ネズミもいのちがあるのに、なぜおまえにはない。おまえはもうもどってこぬ。二度と、二度と、二度と、二度と・・・頼む、このボタンをはずしてくれ。ありがとう。これを見ろ! この顔を見ろ!この唇を見ろ! 見ろ、これを見ろ!

 リアは死ぬ。

エピローグ・現在  

 ME(テーマ曲)が高鳴る。一同はただ黙って見つめていたが、コーディーリアとリアがゆっくりと立ちあがって、すべての俳優たちとともにゆっくり退場していく。あとには、観客が劇場に入ってきたときと同じ、ただ茫漠とした空間があるだけだ。
 そこへ人間の叡智の象徴といえる超高層ビルが映しだされる。これは「人間の生命にまつわる知は、否定性を反復=媒介にして現在の存在感にまで到達した」ことを意味しているし、『リア王』という書物は、人類の「表側の視線からみると、起源からやってくる人間の反復・霧散・逼迫の連続体であり、裏側の視線からみると、終末から逆に照射された人間の障害・空洞・異種または同種交配の網の目である」十六世紀の現実のことを示している。この今回上演の劇思想を文章で提示することなく、超高層ビルという像で表現して舞台はゆっくり暗くなる。
『リア王』完結
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