THE WORLD OF THE DRAMA 演劇の世界
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三澤憲治の台本
◇「ガラスの家族」からはじまった上演台本づくり。広島の演出家、三澤憲治の潤色・脚色・創作台本
『マイ・ハムレット』

原作 W・シェイクスピア
台本 三澤憲治

プロローグ   

 観客が劇場に入ると、芝居はすでに始まっている。  
 俳優たちは、観客席に背を向けて、あるものに集中している。俳優たちは何を見ているのだろうか?   
 それは芝居だ。つまり俳優たちは観客を演じているのだ。もちろんほんとうの芝居が上演されているわけではない。俳優たちは、それぞれの脳裏に〈ある芝居〉を見ているのである。  
 芝居は終わった。観客役はすぐには拍手をしない。なぜなら、それは悲劇だったからだ。しばらくして拍手がおこる。  
 やがて観客役は、ひとり、ふたりとたちあがり、劇的体験を内包しながら帰途につく。芝居は、観客役が手にしていたパンフレットや台詞から、シェイクスピアの『ハムレット』であることがわかる。  
 ところが、ひとりだけ席を立たない者がいる。どうやら女の子らしい。彼女は振り向く。目からとめどもなく涙が流れている。少女は語りだす。

少女 もう泣くことなんかない・・・そう思っていたわたしが泣いている・・・たかが作り話なのに・・・涙のせいじゃない・・・現実がかすんで見える・・・わたしの不幸なんて、とるに足らないものと思えてくる・・・いや、なにかしれないエネルギーがあふれてくる・・・不思議だ、お芝居ってなんだろう・・・見るだけで新しい生命が湧いてくるのだもの、見られたらもっと・・・見られる・・・そこにいるわたしは?・・・見られる・・・そこにいるわたしは?・・・見られる・・・そこにいるわたしは?・・・  

 少女の呪文のような問いかけに重なるように『ハムレット』の登場人物、フランシスコーが歩哨として登場してくる。少女はフランシスコーを見る。つまり、場は少女のいる劇場から少女が夢想するデンマークのエルシノア城壁上の通路になったのである。

第1場・物語

 バナードー登場する。

バナードー だれだ?    

 このバナードーの誰何に少女は吃驚して退場する。

フランシスコー おまえこそだれだ? 名前を言え!
バナードー 国王陛下万歳!
フランシスコー バナードー?
バナードー ああ。
フランシスコー 時間どおりだな。
バナードー 12時だ。かわろう。
フランシスコー よかった。この寒さで気も滅入る。
バナードー 異常は?
フランシスコー ネズミ一匹も。
バナードー そうか・・・ホレイショーとマーセラスに会ったら、急ぐように言ってくれ。
フランシスコー わかった・・・来たぞ!    

 ホレイショーとマーセラス登場する。

フランシスコー 止まれ! だれだ?
ホレイショー 味方だ!
マーセラス デンマーク王の臣下。
フランシスコー じゃあ、後を頼む。
マーセラス だれと交替した?
フランシスコー バナードーだ。じゃあ。  

 フランシスコーは急いで退場する。

マーセラス バナードー!
バナードー ホレイショーは?
ホレイショー ここだ。
バナードー よく来てくれた。
ホレイショー 例のものは?
バナードー まだだ。
マーセラス ホレイショーは信じてくれない。
ホレイショー ばかばかしい、出るものか。
バナードー 出るって、確かに見たんだ。
ホレイショー じゃあ、もっと詳しく話してくれ。
バナードー 昨日の晩だ。北極星の西のあの星が、ちょうどあそこに来たとき、マーセラスとおれは、鐘が1時を打つのを・・・    

 亡霊登場する。

マーセラス 静かに、見ろ! 出たぞ!
バナードー 亡くなった王の姿だ。
マーセラス ホレイショー、話しかけてみろ!
バナードー そっくりだろ?
ホレイショー ああ、どうしてこんなことが・・・
マーセラス 早く話せ!
ホレイショー だれだ、おまえは! その甲冑は亡くなられたハムレット王のもの。こんな真夜中になんの用だ? 答えろ。
マーセラス 怒ったぞ。
ホレイショー 待て、答えろ。なにか言え。   

 亡霊退場する。

マーセラス 行ってしまった。
バナードー どうしたホレイショー、顔が蒼いぞ。これでも見間違いだと?
ホレイショー 信じられん。だが、はっきりと見た。
マーセラス そっくりだろ?
ホレイショー 生き写しだ。あの甲冑はノルウェイ王と戦われたときのもの。怒った顔は、ポーランドを攻略した時と同じ。もしかしてこれはわが国に異変が起こる前兆かもしれん。
マーセラス そういえばこのごろ変だ。なぜ毎晩厳重な見張りをさせて、おれたちをこき使うのか。なぜ大砲をつくり、外国から弾薬を買い込むのか。わけがわからん。
ホレイショー 噂だが、以前ハムレット王は、ノルウェイ王フォーティンブラスに一騎打ちを挑まれたことがある。武勇のほまれ高いハムレット王は見事フォティンブラスを打ち倒した。そこで騎士道の契約により、敵の領土はわが国のものになった。ところが、ノルウェイ王の同名の息子フォーティンブラスはそれが不満で、無法者をかき集め、失った領土を奪い返そうとしているらしい。おそらくそれだろう。
バナードー そうだな、それしかない。あの不吉な甲冑姿は、まさに戦争を予感させている。
ホレイショー 塵ひとつ入っても目は痛む。心ならなおさらだ。あのローマ帝国でも、シーザー暗殺の前夜、奇怪な現象が起きたらしい。墓という墓は空になり、死人の群れがうろつき、太陽も月もその光を失ったという。さっきのことも、それと似た前兆にちがいない。  

 亡霊が登場する。

ホレイショー 静かに!見ろ、また現れた。呪われてもいい、今度こそ。

 亡霊は両腕をひろげる。

ホレイショー 待て、まぼろし。口がきけるなら話してくれ! なにか伝えたいことがあるのか? この国の運命を知ってるのか? それとも生前に隠した財宝が心残りなのか。さあ、話してくれ! 待て、話せ! 話せ!
マーセラス (矛を見せて) これでやってみるか?
ホレイショー やってみろ! マーセラス やあっ!   

 亡霊は消える。

マーセラス 消えた。空を切っただけだ。
バナードー 何か言いかけたとき鶏が鳴いた。
ホレイショー その瞬間、ビクッとしたな。まるで呼び出しを受けた死刑囚のように。雄鶏が鳴けば、それを合図にさまよう霊は、あわててあの世に戻るという。
マーセラス いまのがまさにそれだ。
ホレイショー 見ろ、太陽だ。見張りを終わろう。ところで今夜のことだが、すべてハムレット殿下に伝えよう。亡霊はなにも話さなかったが、殿下にならなにか言うかもしれん。
マーセラス そうだな。  

 一同、急いで退場する。

第2場・物語  

 ファンファーレ。デンマーク国王クローディアス、王妃ガートルード、ヴォルティマンドとコーネリアスを含む重臣、ポローニアスとその息子レアティーズ、黒い喪服姿のハムレット、その他登場する。ハムレット役を演じるのは、現実の世界で少女を演じた俳優である。

 兄、ハムレット王の死は、いまだに記憶に新しい。わたしたちはみな悲しみに沈み、国を挙げて喪に服している。だがわたしはあえて自然の情と闘い、兄の死を悲しみながらも、本分を忘れないよう努めてきた。だからこそ、わたしはかつての兄嫁を妃とし、武勇の国の王位を継ぐことにした。いわば悲しみと喜びをもって、一方の目には笑み、もう一方の目には涙、葬儀には祝福の歌、婚礼には挽歌を奏で、妻に迎えたのだ。この件に関しては、諸侯の意見も聞き、心からの賛同を得た。

 宮廷の人々は絶大な拍手をする。

 さて次の問題は、フォーティンブラスだ。わたしの力を見くびってか、兄の死につけこもうとしてか、やつの父が失った領土を返せと言ってきている。まったくの言いがかりだが、ここにフォーティンブラスの叔父、ノルウェイ王宛てに親書を認めた。病床の王はなにも知らないだろうが、甥の企てを知らせて阻止するためだ。コーネリアス、ヴォルティマンド、急いで届けろ。王との折衝は、この親書の条項に限る。それ以外の権限はおまえたちにはない。いいな。
コーネリアス、ヴォルティマンド わかりました。万事、ご命令どおりに。

 二人退場する。

 さてレアティーズ、おまえの用件はなんだ?  

 レアティーズは王の前に進み出る。

レアティーズ 戴冠式に参列するために喜んで帰国しましたが、その務めをはたした今、フランスへもどりたいのです。どうかお許しください。
 ポローニアスはどう言ってる?
ポローニアス それがもう、しつこくせがまれまして、とうとう根負けしてしまいました。どうかわがままな息子をお許しください。
 行ってくるがいい。
レアティーズ (大いに喜んで)ありがとうございます。
 レアティーズ、楽しむのはいいが、自分を磨くことを忘れるなよ。
レアティーズ はい。
 さてと、甥のハムレット、わたしの息子。
ハムレット 血は通っていても、心は別だ。
 どうした、まだ気分がすぐれないのか?
ハムレット とんでもない、息子、息子と呼ばれて光栄です。
王妃 (ハムレットの傍に近寄って)ハムレット、喪服を脱ぎなさい。いつまでも亡くなったお父さまを想っているの?命のあるものは必ず死ぬ。当たり前のことでしょ。なぜ特別に見えるの?
ハムレット 見える?悲しみは事実です。見えるものなんか無意味だ。喪服だって、流す涙だって空しいだけ。だってそんなものは、みんな見せかけの演技だからです。ぼくの気持ちは見せかけではない。
 ハムレット、そのおまえの父の死を悲しむ、優しい気持ちは感心だ。だが、おまえの父も父をなくし、その父も父をなくした。いつまでも悲しみに溺れるのは、神に背く行い。男らしくないぞ。ハムレット、わたしを父と思ってくれ。今、ここで公表しよう。次に王位を継ぐのはおまえだ。

 宮廷の人々はさっきよりも絶大な拍手する。

 わたしはおまえを実の息子以上に思っている。ウィッテンバーグの大学にもどることには反対だ。ここにいて、わたしの片腕になってくれ。
王妃 ハムレット、わたしの頼みも聞いて。ウィッテンバーグへは行かないで!どうかここに。
ハムレット ・・・あなたが言われるなら・・・
 よし、それでいい、すべてはうまくいった。今夜は祝杯をあげよう。王が乾杯するたびに祝砲を撃つのだ!さあ行こう、ガートルード。  

 ファンファーレ。ハムレットを残し、一同退場する。

ハムレット いっそこの固い体が溶けて、なくなってしまえばいい・・・・・・自殺が罪でなければ、神よ、どうすれば・・・・・・ああ、いやだいやだ!退屈で、味気なく、無意味な日々。あたり一面、むかつくような悪臭。どうなってるんだ。亡くなってまだふた月にもならない。立派な王だった。あいつとは比べものにならない。心から母を愛してた。母だって父を愛してたのに、それがひと月であいつと結婚した。もろい、もろすぎる、女はもろすぎる。  

 ホレイショー、マーセラス、バナードー登場する。

ホレイショー 殿下!
ハムレット (突然の訪問に吃驚して)ホレイショーか。ウィッテンバーグからいつ? 大学はどう した?
ホレイショー さぼったんです。
ハムレット うそつけ。エルシノアへ何の用だ?
ホレイショー 父上のご葬儀に。
ハムレット またまた、母の婚礼を見にきたんだろ?
ホレイショー そういえば、急なことで。
ハムレット 節約、節約だよ、ホレイショー。葬式の料理を婚礼にまわしたんだ。まったく見られたもんじゃなかったぜ。
ホレイショー ・・・
ハムレット ああ、父が生きていれば・・・
ホレイショー 立派な国王でした。
ハムレット 二度と会えない。
ホレイショー ・・・殿下、実はゆうべお会いしたような・・・
ハムレット だれに?
ホレイショー お父上です。
ハムレット 父に?
ホレイショー はい。この二人が証人です。
ハムレット どういうことだ?
ホレイショー 実は、この二人が見張りをしてたとき、真夜中に二晩つづけて、お父上そっくりの亡霊が現れたのです。あまりの恐ろしさに二人は口もきけずわたしに打ち明けたので、三日目の晩はわたしも見張りに。すると、二人が言ったとおり、同じ時刻、同じ甲冑姿で現れたのです。
ハムレット 場所は?
マーセラス 城壁の上です。
ハムレット 話しかけたのか?
ホレイショー はい。だが何も言いません。一度、なにか言いたそうでしたが、そのとき一番鶏が鳴いたので、慌てて姿を消しました。
ハムレット 不思議な話だ。
ホレイショー ほんとうのことです。
ハムレット 今夜も見張りを?
三人 はい。
ハムレット 甲冑姿と言ったな?
三人 はい。
ハムレット 全身か?
三人 はい。
ハムレット 顔は?
三人 はっきりと。
ハムレット 怒ってたか?
ホレイショー いいえ、悲しそうな・・・
ハムレット 目は?
ホレイショー じっと私を・・・
ハムレット (感情が激して)見たかった。
ホレイショー きっと驚かれたはず。
ハムレット 今夜はおれも行く。また現れるかも・・・
ホレイショー 必ず現れます。
ハムレット お願いだ、このことはだれにもしゃべらないでくれ。
三人 ご命令どおりに。
ハムレット 命令ではない。お願いだ。
三人 はい。  

 ホレイショー、マーセラス、バナードー退場する。

ハムレット 父の亡霊?どういうことだ?なにかある。きっとなにかある。ああ、夜が待ち遠しい。  

 そう言ってハムレットは退場する。

第3場・物語  

 オフィーリアが登場してきて鏡に向かって化粧をする。恋する乙女の化粧だ。しばらくして兄のレアティーズが登場する。

レアティーズ オフィーリア!  

 オフィーリアはその声に吃驚して恋心を咄嗟に隠す。

レアティーズ 荷物は積んだ。じゃ行くぞ、オフィーリア。手紙を書けよ。
オフィーリア 書かないと思って?
レアティーズ じゃあ、元気で。
オフィーリア お兄さんも。
レアティーズ いいか、ハムレット様のご好意は、ただの気まぐれ。早咲きのスミレみたいなもんだ。咲くのは早いがすぐに萎む。それだけだ。
オフィーリア それだけかしら?
レアティーズ ああ、それだけだ。たとえ愛してると言われても、自分の好き勝手にできない身分の方だ。うちとはちがって、妃選びには制約があり、デンマーク国民の同意もえなければならない。甘い言葉を真に受けて、純潔を捧げたら、お前が傷つくだけだぞ。いいなオフィーリア、気をつけろ。とかく青春の血は騒ぐものだからな。
オフィーリア わかったわ。でもお兄様、わたしには厳しいこと言って、自分は遊び放題。あっちこっちの花を摘んだりしたら、許さないわよ。

 オフィーリアはレアティーズの腕をつねる。

レアティーズ (笑って)イタイ、イタイ、わかった、わかった、おれはそんなにもてないよ。  

 兄妹は仲良く笑う。そこへポローニアス登場する。

ポローニアス まだいたのか、レアティーズ。船に遅れるぞ。
レアティーズ はい。
ポローニアス 二、三、言っておく。いいか、思ったことを口に出すな。過激な行動はしないこと。人には親しく、なれなれしくするな。これと決めた友達は、絶対に手放すな。喧嘩はするな。巻き込まれたらとことんやれ。人の話はよく聞き、自分の意見はめったに言うな。服装は金の許す限りいいものを。けばけばしいのはいかんぞ。服装は人格を表すからな。金の貸し借りはするな。貸せば金を失い友も失う。借りれば倹約しなくなる。それから・・・何よりも自分に忠実であること。それを守れば、だれにも忠実になれる。
レアティーズ (うなずいて)わかりました。
ポローニアス なら行ってこい。元気でな。
レアティーズ 父上も。では。(オフィーリアに)さっき言ったこと、忘れるなよ。
オフィーリア ええ、この胸に錠をおろし、鍵はお兄様に。
レアティーズ (笑って)じゃあ元気で。  

 レアティーズ退場する。

ポローニアス さっき言ったこととはなんだ?
オフィーリア ハムレット様のことでちょっと。
ポローニアス 最近よくお前のところへ来られるそうだな。
オフィーリア 愛してると。
ポローニアス 愛してる? ばかばかしい。真に受けてるのか?
オフィーリア どうしたらいいのか・・・
ポローニアス じゃあ、教えてやる。もっと自分を大切にしろ。
オフィーリア でも、とても真剣です。
ポローニアス なにが真剣だ。
オフィーリア ほんとうです。何度も誓いを。
ポローニアス それは罠だ。女がほしくなると、男はやたらに誓いを立てたがるものだ。いいか、これからは殿下となれなれしくするな。口をきいてもいかん。分かったな。
オフィーリア はい、言われたとおりに。  

 ポローニアスは上機嫌で退場する。続いてオフィーリアも退場する。

第4場・物語  

 ハムレット、ホレイショー、マーセラス登場する。

ハムレット 風が強いな?
二人 (うなずく)
ハムレット 何時だ?
ホレイショー そろそろ亡霊の出る時間です。  

 華麗なファンファーレと大砲の音が二発とどろく。

ホレイショー 殿下、あれは?
ハムレット 王の祝宴。飲めや歌えの馬鹿騒ぎだ。王が酒を飲み干すたびに、祝砲をあげてるんだ。
ホレイショー デンマークの習慣ですか?
ハムレット ああ、馬鹿な習慣だ。あんなこと止めればいいのに。吐くほど大酒を食らうから、よその国の連中にバカにされる。おかげで、どんな立派な功績を上げても正当に評価されない。これは生まれつきの欠点があるために、どんなに多くの長所を持っていても非難されるのと同じよ。  

 亡霊登場する。

ホレイショー 殿下、あれを!
ハムレット ・・・何者だ! 聖霊か悪魔か!天国から来たのか、地獄から来たのか! ああ、なんと呼べばいい。ハムレット王! 国王! 父上! デンマーク王! 答えてくれ! なんのために現れたのだ?  
 亡霊は手招きをする。ハムレットはついて行こうとする。

ホレイショー だめです。
ハムレット 大丈夫だ。命など惜しくない。霊魂ならおれも不滅のはずだ。
ホレイショー 断崖絶壁に連れて行き、そこで魔性のものに変わって、殿下を狂わせたら?行かないでください。危険です。
ハムレット 放せ。
ホレイショー いいえ。
ハムレット 放せ!おれの運命が呼んでるんだ!さあ、放せ!邪魔すると命はないぞ!
ホレイショー ・・・
ハムレット さあ行け、ついて行くぞ。  

 亡霊とハムレット退場する。

ホレイショー 錯乱されている。後を追おう。殿下! ハムレット様!
マーセラス 殿下!  

 全員退場する。

第5場・物語  

 亡霊とハムレット登場する。

ハムレット どこまで連れて行く? もうこれ以上行かないぞ。
亡霊 聞け!
ハムレット ・・・
亡霊 おまえの父の亡霊だ。夜はこうしてさまよい歩き、昼は地獄の炎に焼かれている。あの世のことはこの世の人間に語ることはできないが、それを知ればおまえの魂は凍りつく。聞け、聞け、よく聞け! おまえがほんとうに父を愛していたなら、極悪非道な人殺しに復讐してくれ!
ハムレット 人殺し?
亡霊 人殺しは言うまでもなく残忍なこと。だがこれほど非道極まる残忍な人殺しはない。わたしは庭で昼寝の最中に毒蛇に噛まれたと。だが、よく聞け! 父を殺したその毒蛇は、いま王冠をかぶっている。
ハムレット 王冠?・・・叔父が? 
亡霊 そうだ。あの不義不倫のけだものは、貞淑なわたしの妃を情欲の餌食にした。生来の悪徳でな。朝が近い。話を急ごう。いつものように、わたしは庭で昼寝をしていた。おまえの叔父が忍び寄ってきた。そして、毒液をわたしの耳に注ぎこんだ。それは人間の血を乱す劇薬。たちまちわたしの全身を駆けめぐった。わたしは眠ってる間に、実の弟に、命と王冠と妃を一度に奪われたのだ。わたしが犯したさまざまな罪を懺悔する暇もなく、罪を背負ったまま、神の裁きの前に引き出されたのだ。恐ろしい! なんと恐ろしいことだ。ハムレット、親を思う気持ちがあるなら、デンマーク王家を、情欲と不倫の館にするな! だが、どんなことがあっても、心は汚すな、母には危害を加えるな! 母は天の裁きに任せ、苦しませておけ。では行くぞ。父を忘れるな・・・忘れるな・・・忘れるな・・・  

 亡霊退場する。

ハムレット 忘れるな・・・忘れるな・・・忘れるな・・・忘れるものか!これまでのくだらん記憶はきれいさっばり洗い流して、おまえの命令だけは覚えておく。絶対に覚えておく。(母の笑い声)ああ、なんてひどい女だ!(母と叔父の笑い声)悪党め!あの悪党め!笑ってやがる。人は笑いながらワルをする。いいか悪党、覚悟しろ!  

 ホレイショーとマーセラスがハムレットを呼びながら登場する。

ホレイショー 殿下!
マーセラス ハムレット様!
ハムレット ここだ。
ホレイショー どうでした?
ハムレット ・・・話せない・・・人に洩らす。
ホレイショー 洩らしません。
マーセラス 絶対に!
ハムレット デンマークの悪党はよほどのワルだな。
ホレイショー そんなことを言いにわざわざ亡霊が?
ハムレット そう。じゃあ、これで。

 ハムレットは帰ろうとする。ホレイショーはハムレットを引き止める。

ホレイショー 何があったんです?
ハムレット 気にさわったらあやまる。
ホレイショー 気にさわることなど・・・
ハムレット あの亡霊はほんものだ。それだけは言っておく。
二人 殿下!
ハムレット 友達として頼む。今夜のことは絶対秘密に。
二人 はい。
ハムレット この剣にかけて。
亡霊 (奈落から)誓え!誓え!
ハムレット さあ、この剣にかけて、今夜見たことは話さないと誓ってくれ。
亡霊 誓え!(二人、誓う)
ホレイショー どうしてこんな不思議なことが・・・
ハムレット だから何も聞かないでくれ!この世には、哲学では考えもしないことがたくさんあるんだ。さあ、もう一度誓ってくれ。おれはこれから奇妙な行動をし、時には気違いの真似をするかもしれない。そんな時は、とにかく知らん顔をしてくれ。いいな。
亡霊 誓え!  

 全員誓う。

ハムレット よし、これでいい。この世の関節がはずれたんだ。ああ、おれはそれを治すために生まれてきたのか!  

 ハムレットはそう叫んで退場する。 ホレイショーとマーセラスは後を追う。

第6場・物語  

 オフィーリアが恐怖に怯えて泣きながら登場する。遅れてポローニアスが登場する。

ポローニアス どうした、オフィーリア。
オフィーリア (泣きながら)恐くて・・・
ポローニアス 何が?
オフィーリア ・・・ハムレット様が・・・
ポローニアス ・・・
オフィーリア 縫物をしてると、突然目の前に・・・胸ははだけ、顔は真っ青、目は虚ろ・・・まるで地獄から抜け出してきたよう。
ポローニアス なにか言われたか?
オフィーリア いいえ、手首を痛いほど握られ、悲しそうに、ただわたしをじっと見てるだけ。そして何度もため息を。
ポローニアス 恋に狂ったな。冷たいことを言っただろう?
オフィーリア いいえ、わたしはただお父さまの言われたとおりに、もうお越しにならないようにと。
ポローニアス それで狂われたんだ。まずかったな、もう少し注意して様子を見るべきだった。一時のたわむれでおまえを傷ものにされてはと思ったばかりに。さあ、一緒に陛下のところへ。まさにこれは失恋による狂気。血迷って何をしでかすかわからない。  

 ポローニアスはオフィーリアの手を引っ張って急いで退場する。

第7場・物語  

 国王、王妃、ヴォルティマンド、コーネリアス登場する。

 どうだった?返事をきこう。
ヴォルティマンド ノルウェイ王にはまさに寝耳に水。ポーランド戦の準備とばかり思われていたとか。王はわが国の申し入れに即座に応じ、フォーテインブラスに中止命令を出されました。
コーネリアス フォーティンブラスが陛下に対し二度と兵は起こさないと誓ったので、ノルウェイ王は彼に三千クラウンを与え、すでに集めた兵力はポーランド攻略に向けるよう指示されました。
ヴォルティマンド つきましては、ここに請願書があります。遠征途上、領土内の通過を承認いただきたいとのこと。
コーネリアス わが国の安全と進軍許可の諸条件はこの書面に。
 よくやった。内容を熟慮の上、返答しよう。さがってよい。今夜は祝杯をあげよう。無事の帰国、なによりだ。
二人 はい。  

 ヴォルティマンドとコーネリアス退場する。入れ違いにポローニアスが手紙を片手に登場する。

ポローニアス 陛下、ハムレット様の狂気の原因を突き止めました。
王妃 ・・・何?
ポローニアス さて、両陛下。そもそも国王の主権とは何か? 昼は昼で、夜は夜なのはなぜか?
王妃 そんなことより、早く話して。
ポローニアス では簡潔に申しあげます。ハムレット様は気違い。すばり気違いです。そもそも気違いとは何か? つまり・・・気違いです。
王妃 無駄な話はやめて。
ポローニアス 無駄ではありません。殿下は気違い、これはほんとうのことです。お気の毒ですが、ほんとうのことです。そこで殿下が気違いとなると、問題はその原因を突き止めることが肝心。すべて結果には、必ず原因があるものだからです。
王妃 もう、早く。何なの?
ポローニアス わたしには娘が一人・・・聞き分けの良い親孝行な娘で・・・(手紙を見せて)これをわたしに。お聞きください。  

 ポローニアスは手紙を読む。

ポローニアス 「天使のような永遠のアイドル、美しいオフィーリアへ」。下手だな。天使のような永遠のアイドルとは笑わせる。
王妃 ハムレットがそれを?
ポローニアス まあ、お聞きください。「星が輝くことを疑え。太陽が動くことを疑え。真実は嘘であると疑え。だが僕が君を思っていることは、疑ってはいけない。愛するオフィーリア、詩を書くのは苦手です。このせつない気持ちを書くことはできません。だが、僕はだれよりも君を愛している。ああ、だれよりも。それは信じてほしい。・・・永遠に君のものであるハムレットより」。   

 ポローニアスは王に手紙を渡す。

 娘はどうした?
ポローニアス 陛下、わたしはあなたの?
 忠実な臣下だ。
ポローニアス そうです。そこで娘に言いました。「ハムレット様は王子、おまえとは身分が違う。好意を真に受けるな」と。・・・殿下はひどく落胆。悲しみのあまり、食事ものどを通らず、夜は眠れず、体は衰弱、ついには意味のない言葉をぶつぶつつぶやく始末です。
 どう思う?
王妃 ・・・原因はただひとつ。父親の死と、わたしたちの早すぎた結婚のせいだわ。
ポローニアス 今まで一度でもあったでしょうか、わたしの話が間違っていたことが?
 ない!
ポローニアス そうでしょう。
 どうしたらいい?
ポローニアス 殿下はよくこの廊下を歩かれます。
 それで?
ポローニアス ここへ娘を連れてきて、陛下とわたしは壁掛けに隠れて二人の様子を。もし殿下が失恋のために狂われたのでなかったら、わたしを首にしてくださってもけっこうです。

 ハムレット、本を読みながら登場する。

王妃 あの子よ。本を読んでるわ。
ポローニアス さあ、あちらへ。お二人ともあちらへ。  

 王と王妃退場する。

ポローニアス 殿下、わたしがおわかりで?
ハムレット (ポローニアスをちらっと見て)魚屋だ。いや魚どころか女も売ってるそうだな?
ポローニアス とんでもない。
ハムレット なら正直者か?
ポローニアス 正直者?
ハムレット ああ。近頃、正直者は一万人に一人だ。娘はいるか?
ポローニアス はい。
ハムレット 外へ出すな。世の中を認識するのはいいが、おれが妊娠させたらまずいからな。
ポローニアス (傍白)やはり娘のことだ。すっかりいかれてる。何をお読みで?
ハムレット 言葉、言葉、こ・と・ばだ。
ポローニアス 中にはなにが?
ハムレット だれとだれの仲だ?
ポローニアス いいえ、本の中身です。
ハムレット 悪口だ。こいつなかなか辛辣な男で、こう書いてる。「老人は髭白く、顔はしわだらけで、目からは目やに、頭はボケて、ひざはガクガク、腰はヨロヨロ」。まったくこいつの言うとおりだが、なにもこうまで書くことはないな。おまえだってカニのように後ろ向きに歩けば、若返る。
ポローニアス (傍白)気違いにしては、筋が通ってる。殿下、外はお体に毒、中にお入りください。  

 ポローニアスは本を片付けようとする。

ハムレット さわるな!
ポローニアス さあ、中へ。
ハムレット 中? 墓の中か?
ポローニアス ご冗談を・・・では私はこれで失礼させていただきます。
ハムレット (キレて)いただく? それ以上お前にいただいて欲しくない。もっとも命は別だ。命ならいくらでもくれてやるぞ。
ポローニアス 滅相もない。では殿下。  

 ポローニアス、そそくさと退場する。

ハムレット うるさい爺だ。  

 ハムレット退場する。

第8場・物語  

 王妃とオフィーリア登場する。遅れて王とポローニアス登場する。

王妃 オフィーリア、ハムレットの狂乱が、おまえの美しさのせいなら、おまえの優しさで元にもどるはず。
オフィーリア そうなれば・・・
王妃 じゃあ、お願いね。  

 王妃は退場する。

ポローニアス ここを歩け。われわれは隠れましょう。この祈祷書を読め。(ハムレットの足音を聞いて)殿下が。さあ。  

 王とポローニアス、慌てて退場する。オフィーリアは、祈祷書を読みながら廊下を歩く。しばらくしてハムレット登場する。

ハムレット 森の妖精、僕の罪も祈ってくれ。
オフィーリア 殿下。最近、お体の調子は?
ハムレット おかげで元気だ。
オフィーリア いただいたもの、ずっとお返ししようと。お受け取りください。
ハムレット 何もやった憶えはない。
オフィーリア そんな!優しいお言葉をそえてくださったからうれしくて、その香りが消えた今は必要ありません。どうぞ。
ハムレット おまえは貞淑か?
オフィーリア わたしが?
ハムレット 美しいか?
オフィーリア なぜそんなことを?
ハムレット おまえが貞淑で美しいなら、その二つは一緒にさせないほうがいい。
オフィーリア 美しさと貞淑は、よい取り合わせでは?
ハムレット いや、美しさが貞淑な女を不倫に陥れる。
オフィーリア ・・・
ハムレット ・・・おまえを愛してた。
オフィーリア わたしも・・・そう信じてました。  

 ハムレットはオフィーリアにキスをしようとする。オフィーリアは目を閉じる。その顔にハムレットは言葉を吐きつける。

ハムレット 残念だな。愛してなんかいなかった。
オフィーリア そんな。
ハムレット 女なんかやめてしまえ!なぜ罪深い人間を生みたがる?おれはこれでもまっとうなつもりだが、それでも母が産んでくれなければよかったと思うほど罪深い人間だ。傲慢で、執念深く、野心満々、想像だけでまだ実行できない罪を抱えている。そんな男が天地を這いずり回って、いったい何ができる?おれたちはみんな悪党だ。だれも信じるな!女なんかやめてしまえ! 親父はどこにいる?
オフィーリア (オフィーリアも秘密がばれるのではないかとおどおどして)家に。
ハムレット じゃあ、閉じこめておけ!外でバカな真似をしないようにな。
オフィーリア ・・・
ハムレット もし結婚するなら、持参金代わりに呪いの言葉をくれてやる。おまえが氷のように貞淑で、雪のように清純でも、世間はなにかと非難する。女なんかつまらんもんだ!どうしても結婚したいなら、バカとしろ。利口なやつは結婚なんかしないからな。おまえたち女は、顔を塗りたくり、神からさずかった顔を作り変える。尻を振り、甘ったれて、「知らなかったわ」などとぬかす。(キレて)もうがまんできん!おかげで気が狂った!ええい、結婚など、この世から消えてなくなれ!すでに結婚してる者は許す!生かしておいてやる。あのひと組以外はな。他の者は生涯独身でいろ!  

 ハムレットは贈り物を投げつけて退場する。オフィーリアは、ハムレットが投げ捨てた贈り物を見るだけ、ショックで言葉にならない。しばらくして王とポローニアスが登場する。

 恋? 違うな。話すことは脈略を欠いているが、狂気とは思えん。危険だな、このままでは。
ポローニアス はい。
王 イギリスへ行かそう。
ポローニアス 名目は?
王 貢物の取り立てだ。異国の風物に接すれば、気も晴れるだろう。身分の高い者の狂気は許せん!  

 王は退場する。なおも悲嘆にくれるオフィーリア。ポローニアスはオフィーリアを抱きかかえる。二人はゆっくりと退場する。

2幕

第9場・物語  

 沈鬱な表情でハムレットが登場する。

ハムレット 生きる・・・死ぬ・・・ふたつにひとつ・・・残酷な運命を耐え忍ぶか、それとも苦難に立ち向かって死んでしまうか・・・死とは眠り。それだけのことだ。眠れば苦しみが消える・・・いや、眠れば夢を見る。それが気になる・・・死んで人はどんな夢を見るのか? それを思うと、つい弱気になり、辛い人生にも執着してしまう。でなければ、だれが世間の非難に耐えられるか・・・権力者の横暴、尊大な者の傲慢、かなわない恋の苦しみ、役人の横柄な態度、相手の寛容につけこみ、のさばりかえるクズども! そんなことに耐えるより、(短剣を見て)死んだほうがましだ・・・人はなぜ不平たらたら、汗水たらして、辛い人生を生きるのか? 死後の世界に不安があるからだ。だれもそこから戻ってきたことがないからだ。死の恐怖を体験するより、現在の苦しみのほうがまし。この判断が人を臆病にしてしまう。そのために確固とした決意が揺らぎ、のるか、そるかの大事業も実行できずに終わってしまうのだ。  

 陰に隠れてハムレットの様子を伺っていたローゼンクランツとギルデンスターンが登場する。

ローゼンクランツ 殿下!
ハムレット ・・・おお、ギルデンスターン、ローゼンクランツ。二人とも元気か?
ローゼンクランツ まあ人並みに。
ハムレット 何の罪で、牢獄に送り込まれてきた?
ギルデンスターン 牢獄?
ハムレット ああ、この国は牢獄だ。
ローゼンクランツ 違います。
ハムレット そうか、牢獄でないか。でもおれには牢獄だ。父が生きてた頃は、嫌われていた叔父が 王になったら肖像画がひっぱりだこ。こんな馬鹿がまかり通るのも、ここが牢獄だからだ。
ローゼンクランツ (王の話をそらして)夢がある人にとっては、この国は狭いのでしょう。
ハムレット 狭い?そんなことはない。クルミの中だって、おれには無限の宇宙さ。悪い夢さえ見なければな。
ギルデンスターン 夢こそ望みです。望みとは夢の影にすぎませんから。
ハムレット 理屈っぽい話はいい。なぜエルシノアへ来た?
ローゼンクランツ もちろん殿下にお会いするためです。
ハムレット もちろん・・・ほんとかな?
ローゼンクランツ ほんとうです。
ハムレット ・・・呼びつけられたんだろう? 
二人 ・・・
ハムレット 隠さなくてもいい。ちゃんと顔に書いてある。王と王妃に呼ばれたな?
ローゼンクランツ 何のために?
ハムレット それを聞いてるんだ。さあ、隠さないで、そうだと言え!
ギルデンスターン ・・・そうです。
ハムレット 呼ばれたわけを話してやる。おれから言えば、王との誓いを破ったことにはならないからな。
二人 ・・・
ハムレット 最近、どういうわけか、何をやっても楽しくない。本は読まなくなったし、毎日の運動もしなくなった。とにかく、やけに気が滅入って・・・何を見ても、イヤな臭いがする。薄汚いものとしか思えない。人間は神の傑作であるはずなのに、おれにはクズの塊としか思えない。人間なんてつまらん。女は別? 女だって同じさ。
ローゼンクランツ だれもそんなことは言ってません。
ハムレット じゃあ、なぜ笑った? 人間はつまらんと言ったとき。
ローゼンクランツ 人間がつまらないなら、(役者を見て)役者は問題外と思いまして。  

 役者たちが登場する。

ハムレット おお、よく来た。(少年俳優に)あれっ、お嬢さま、この前あったときより背が伸びたな。声変わりはしてないだろうな。
少年役者 (女の声で)ええ、してませんわ。
ハムレット (笑って)ポローニアス!ポローニアス!

 ポローニアス登場する。

ポローニアス 殿下、何か?
ハムレット ポローニアス、役者たちの世話を頼む。役者は時代の記録係。粗末に扱うと、悪い評判を立てられるぞ。
ポローニアス では、それなりの扱いを。
ハムレット だめだ。それなりでは死刑だ。とびっきりにもてなせ。
ポローニアス かしこまりました。
ハムレット (役者に)このご老人が案内する。芝居は明日の晩だ。
役者 はい。  

 ポローニアスと役者たち退場する。

ハムレット おまえたちは、王と王妃に、芝居を必ず見るように言ってくれ。
ローゼンクランツ はい。
ハムレット 叔父も母も思い違いをしてる。
ギルデーンスターン (興味を持って)何をですか?
ハムレット おれが気が狂うのは北北西、南風のときは鷹と鷲の見分けはつく。
ローゼンクランツ (がっかりして)・・・では殿下。  

 ローゼンクランツとギルデンスターンは退場する。

ハムレット ・・・役者か・・・役者とは不思議なものだ。たかが作り話なのに、うその情熱に酔い、魂を委ねる。全身全霊を傾けて、役の人物になりきる・・・もし役者がおれを演じたらどうなる?・・・きっと舞台を涙で満たし、すさまじい台詞で観客を唖然とさせるだろう・・・それに比べておれは・・・臆病者め! こんなに憤りを感じているのに、何もできない。だらしないからだ。でなきゃ、今ごろあいつの肉を鳶のえさにしてる。あの残忍で好色な悪党め!情け知らずの、恩知らずの、女たらしの悪党め!復讐だ!ああ、おれはなんて馬鹿なんだ。父を殺され、すぐにも復讐しなければならないのに、娼婦のように口先だけで、ののしり、わめき散らすだけ。だめな男だ。頭だ、頭を使え!・・・罪を犯した者が、芝居を見ているうちに、真に迫った場面に心を動かされ、犯行を自白したという。そうだ・・・父の殺害場面を役者に演じさせよう。『ゴンザゴー殺し』だ。それを見て、あいつが顔色を変えたら、もう迷うことはない。復讐だ!・・・待てよ、おれが見た亡霊は悪魔かもしれない。悪魔は姿を変えて、人を惑わすという。もしかしておれの弱みにつけこんで、おれを破滅させるつもりかもしれない? ああ、もっと確かな証拠がほしい。それには芝居だ。あいつの本性をばらしてやる!  

 この世が牢獄でしかなかったハムレットは、芝居の上演というひとつの生きがいを発見した。ハムレットは全身に漲るエネルギーを感じて急いで退場する。

第10場・物語  

 役者たちが登場してくる。彼らは芝居の最終稽古に忙しい。ハムレットが登場してくる。

ハムレット どうだ、つけ加えた台詞は覚えてくれたか?
役者 完璧です。
ハムレット よし、じゃあちょっとしゃべってみてくれ。
役者 (オーバーに)再婚は欲望の表れ、愛ではありません。次の夫に抱かれるのは、亡くなった夫を二度も殺すことになります。 
ハムレット だめだ、だめだ。台詞は普通に自然にしゃべるんだ。絶対にわめいたり、がなったりするな。せっかくの台詞が台無しになるからな。
役者 はい。
ハムレット それから、大げさな身振りもだめだ。感情が高まってきたときこそ、抑制した演技が必要になる。だめな役者は、喉を詰まらせてやたらとがなり立てる。
役者 わかりました。
ハムレット だからと言って、おとなしすぎてもいけない。とにかく大切なのは、自然の節度を越えないこと。やりすぎは芝居の目的から外れるからな。芝居は昔も今も、自然に向かって鏡をかかげて、真実をはっきり示し、時代の様相を鮮明に映し出すことなんだ。
役者 そのへんは、わかっているつもりです。
ハムレット つもりでじゃだめだ。ほんとうにわかってくれ。
役者 (また笑って)わかりました。
ハムレット じゃあ、うまくやってくれ。  

 役者たち退場する。入れ違いにホレイショーが登場する。

ホレイショー 殿下、何か?
ハムレット ホレイショー、おれはおまえをだれよりも信用している。お世辞じゃない。ほんとうの親友だ・・・ホレイショー、芝居は好きか?
ホレイショー 見るのは好きです。
ハムレット 今夜の芝居を見たいか?
ホレイショー ええ、久しぶりですから。
ハムレット 頼む、芝居は見ないでくれ。
ホレイショー ・・・?
ハムレット 芝居ではなく、王の様子を見ていてくれ。劇中に父の最期にそっくりな場面がある。その場面のある台詞で王が反応するかどうか見てくれ。もし王がなにも反応しなかったら、おれたちが見た亡霊は悪魔、幻にすぎないことになる。だからよく見ていてくれ。もちろんおれも見る。芝居が終わったら、二人で決着をつけよう。
ホレイショー (うなずいて)わかりました。国王のまばたきひとつ見逃しません。

 ファンファーレが高鳴る。

ハムレット 始まるぞ。気違いのふりをする。
ホレイショー (うなずく)  

 王、王妃、ポローニアス、オフィーリア、ローゼ ンクランツ、ギルデンスターン、その他の廷臣たち登場する。

ポローニアス さあみなさん、いよいよ始まりますよ。今夜の役者は揃いも揃って天下の名優ぞろい。悲劇はもちろん、喜劇、歴史劇、牧歌劇、牧歌劇的喜劇、歴史的牧歌劇、悲劇的歴史劇、悲劇的喜劇的歴史劇的牧歌劇、型にはまった芝居でも、即興劇でも、なんでもござれの最高の役者たちです。
ハムレット (ポローニアスに笑って)大学で芝居をやってたそうだな?
ポローニアス (得意になって)筋がいいと誉められました。
ハムレット 何の役をやったんだ?
ポローニアス ジュリアス・シーザーです。ブルータスに殺されました。
ハムレット ブルータスもひどい奴だ。こんな老いぼれを殺すとは。
ポローニアス ・・・
 ハムレット、どうだ具合は?
ハムレット 満腹です。カメレオンのように空っぽの空気を吸って。
 (ガートルードに)返事になってない。
王妃 ハムレット、ここに。私のそばに。
ハムレット いえ、こっちにもっと強い引力が。(オフィーリアの方へ行く)膝に乗せてくれ。
オフィーリア いけません。
ハムレット 頭だけだよ。
オフィーリア ・・・どうぞ。
ハムレット 変なこと想像したのか?
オフィーリア 知りません。
ハムレット 若い女の膝はいい。
オフィーリア えっ、何が?
ハムレット 別に。
オフィーリア ごきげんですね?
ハムレット 人間、ごきげんでなきゃ。あれを見ろ。母はあんなにごきげんだ。父が亡くなってまだ二時間なのに。
オフィーリア もう四ヶ月になります。
ハムレット そんなに? ああ、亡くなって二ヶ月。なのにまだ忘れられない! となると、偉い人の想い出は半年は持つな。  

 トランペットの吹奏に続き、黙劇(ダム・ショー)《過去の劇》が始まる。

●王と王妃が登場し、互いに愛情深く抱き合う。
●やがて王は横になって眠る。
●王妃は王が眠ったのを見届けてから退場する。
●ほどなく一人の男が現れる。
●男は王の冠を奪い、それにキスする。
●男は懐から毒薬を取り出し、王の耳に注ぐ。
●男は退場する。
●王妃が登場する。
●王妃は王の死を知って激しく泣く。
●毒殺者が現れる。
●毒殺者は王妃の贈り物を差し出し求愛する。
●王妃はしばらく抵抗する。
●だが結局は毒殺者の求愛を受け入れる。

オフィーリア なんですか、今のは?
ハムレット ただのいたずらだよ。
オフィーリア あらすじみたいだけど・・・  

 序詞役が登場する。

ハムレット こいつがすべて教えてくれる。役者は口が軽いからな。でも尻が軽いのはお前が上かな?
オフィーリア ひどいわ!(耳をおさえて)もう聞きません。
序詞役 われら一座が今宵演じますのは、悲劇。拙い演技ではありますが、なにとぞ最後までごゆっくりとご観劇ください。
ハムレット たったそれだけか、前口上は?
オフィーリア 短いわ。
ハムレット 女の愛のように。  

 劇中の王と王妃が登場して台詞入り劇《未来の劇》が始まる。

劇中の王 結びの神に導かれ、神聖な契りを交わして、早いもので三十年になるな。
劇中の王妃 愛を育てて三十年。これからも太陽や月は、わたしたちの愛を永久にたたえることでしょう。それにしても近頃とても気になります。、昔のようにお元気がなく、ご気分がすぐれないご様子。心配でたまりません。
劇中の王 身も心も弱り、命運も尽き果てた。おまえを残して旅立つのも、そう遠いことではない。おまえは、わたしに劣らない情の深い人を夫に迎え、残る余生を幸せに暮らすがいい。
劇中の王妃 何を言われます。あなたに先立たれたら、わたしは独り身を通します。わたしが二人の夫にまみえるなんて。それは、初めの夫を殺すような女のすることです。
ハムレット (傍白)苦い言葉だ。
劇中の王妃 再婚は欲望の表れ、愛ではありません。次の夫に抱かれるのは、亡くなった夫を二度も殺すことになります。
劇中の王 その言葉、嘘だとは思わないが、固い決意もとかく破るのが人の常だ。喜びも悲しみも熱が冷めれば消えてしまう。喜びが大きければ、悲しみも深い。ささいなことで喜びは悲しみに、悲しみは喜びに変わる。移ろいやすいのがこの世の習いだ。この世に不変のものはなく、ふたりの愛だって、運命と共に揺れ動いてもなんの不思議もない。再婚しないというおまえの決意も、最初の夫の死とともに消えてしまうだろう。
劇中の王妃 いいえ、たとえ大地が糧を、天が光りを与えなくても、楽しみや安らぎを奪われても、信頼と希望が絶望に変わっても、未来永劫心の苦しみが続いても、一度夫を失ったら、二度と妻にはなりません。
ハムレット いいぞ、いいぞ!
劇中の王 (感動して)よく誓った。安心した。愛しい妃、しばらく退ってくれ、少し疲れた。もの憂い午後のひととき、ひと眠りしたい。
劇中の王妃 おやすみなさい、あなた。わたしたちの間に災いが訪れませんように。  

 劇中の王は眠る。劇中の王妃は王が寝入ったのを見届けて立ち去る。

ハムレット どうです、この芝居?
王妃 誓いがくどいわ。
ハムレット 当然です。
王 筋を知ってるのか? 問題はないな?
ハムレット ぜんぜん。毒殺場面があるだけです。
 題名はなんだ?
ハムレット ねずみ取り。ウィーンで起きた殺人事件が下敷きですが、やましいところのない僕らには、痛くも痒くもない話です。  

 劇中のルシアーナス登場する。

ハムレット この男はルシアーナスといって、王の甥です。おい人殺し! さっさとやれ! もったいぶるな! 「大ガラス、復讐せよと叫びたり」。
ルシアーナス 黒い企みに腕は鳴る。毒の用意は万全だ。時は今。運良く人目もない。闇夜の草から絞りとったこの毒薬。魔女の呪いを三度受けた恐ろしい猛毒で、健やかな生命をただちに奪うのだ。  

 ルシアーナスは、懐から毒薬の瓶を取り出し、王の耳に注ぐ。

ハムレット 庭で王を毒殺し、王位を奪う。実話です。王の名はゴンザゴー。もうすぐあの人殺しは妃を口説き落とします。  

 現実の王は椅子から立ち上がる。

オフィーリア 王が。
ハムレット ・・・(よく見る)
王妃 どうなさったの?  

 劇中劇の王は苦しみ悶えて死ぬ。

 明かりを持て!
ポローニアス 明かりだ、明かりだ、明かりを持て! 芝居は中止だ!

 王は憎しみの表情でハムレットに近づいてきて睨みつける。反対にハムレットは「おまえを殺すのはおれだ!」とばかりに王を睨みつける。ローゼンクランツとギルデンスターンが松明を持って駆けつける。王は松明を奪い取って退場する。ハムレットとホレイショー、役者たちを残し、全員退場する。

ハムレット どうした?芝居におびえたか?  

 突然、ホレイショーと顔が合う。どちらともなく二人は引き寄せられるように近づく。

ハムレット 亡霊の言葉、千ポンドで買うぞ。見たか?
ホレイショー はい、確かに。
ハムレット 毒殺の場は?
ホレイショー しっかり見届けました。
ハムレット (歓声をあげてから)それ、笛だ、太鼓だ、音楽だ。王が芝居を嫌いなのももっともだな。
 手負いの鹿は泣くがいい。
 無傷の鹿は楽しく遊べ。
 眠れない奴に眠る奴。
 それが浮世というものさ。  

 ハムレットは、まるで別人のように意気揚揚と役者たちと踊りまわり、どんちゃん騒ぎをする。そこへローゼンクランツとギルデンスターンがやってくる。

ギルデンスターン 殿下、ひと言だけ。
ハムレット なんことでもいいぞ。
ギルデンスターン 陛下が気分を害されています。
ハムレット 飲みすぎか?
ギルデンスターン いいえ、ひどく腹を立てて。
ハムレット 腹痛なら医者にみせればいい。
ギルデンスターン まじめに聞いてください。
ハムレット 無理だよ。おれは狂ってる。
ギルデンスターン 母上がお呼びです。とても驚かれています。
ハムレット 母を驚かすとは、たいした息子だ。
ローゼンクランツ 殿下、何が面白くないのですか?わたしたちに悩みを打ち明けてください。
ハムレット この笛を吹け。
ギルデンスターン 吹けません。
ハムレット 簡単だ。嘘をつくほど簡単だ。
ギルデンスターン 吹けません。
ハムレット おれを甘く見るな! 笛は吹けないが、おれなら簡単に操れるとでもいうのか! おれなら秘密が引き出せる、本音が聞きだせるというのか! おれはそう簡単な男ではないぞ。覚えておけ!
ギルデンスターン ・・・
ハムレット 母の所へはすぐに行く。
ギルデンスターン そう伝えます。  

 ギルデンスターンとローゼンクランツ退場する。

ハムレット 夜もふけた。魔の時刻だ。墓が開き、地獄が恐ろしい毒をこの世に吐き出す。今なら生きた血でもすすれる。昼間なら目を背ける残忍なことも、簡単にやれる・・・だが、まず母のところだ。

 ハムレット退場する。照明ゆっくり暗くなる。

第11場・物語  

 照明がゆっくり明るくなると、王妃とポローニアスが登場する。

ポローニアス わたしは、(壁掛けを指して)あの陰で聞いてます。
ハムレット (袖から)母上、母上!
王妃 あの子よ。隠れて!
ポローニアス 情にほだされず、厳しくですよ。
王妃 わかってるわ。  

 ハムレット登場する。

ハムレット 何の用です?
王妃 ハムレット、お父さまはすごく怒っていてよ。
ハムレット そんな、お父さんはあなたのことをすごく怒ってます。
王妃 また、そんなことを。
ハムレット 質問が悪いんです。
王妃 あなた、近頃いったいどうしたの?
ハムレット 何が?
王妃 わたしがわかる?
ハムレット ええ。あなたは王妃、夫の弟の妻で、残念ながらぼくの母親。
王妃 もういい!話のできる者を呼ぶわ!
ハムレット (キレて叫ぶ)だめだ!
王妃 ・・・
ハムレット そこに座って。じっとしてて! 今からあなたのほんとうの姿を見せてあげます。
王妃 やめて! わたしを殺す気? あっ、だれ・・・
ポローニアス (壁掛けの蔭から)だれかいないか。助けてくれ!
ハムレット ねずみか? (剣を抜いて)盗み聞きなんかしやがって、バカめ! 死ね!  

 ハムレットは壁掛けごしにポローニアスを剣で突き刺す。

王妃 どうして?
ハムレット ・・・王か?  

 ハムレットが壁掛けを上げると、ポローニアスの死体がある。

王妃 ひどいことを。
ハムレット ひどい? 王を殺して、弟と結婚するよりましだ。
王妃 王を殺す?
ハムレット ええ、そう言ったんです。(死体に)王と間違えた。バカめ!出すぎた真似をするから、こんなことになるんだ。(王妃に)さあ、座って!
王妃 わたしが何をしたの?
ハムレット 何をした? わからないんですか。あなたは女の慎みも、美しさも、夫婦の誓いもふみにじったんだ!
王妃 どういうこと?
ハムレット (自分の肖像画と母の肖像画を比べて)この絵を見て! 兄と弟の肖像です。まさにギリシアの神のように男らしい風格。すべての神が人間の鑑として示した人です。これが前の夫。
王妃 (目をそらす)
ハムレット 見て! 見なさい! (母の肖像画を引っ張って)これが今の夫。まるで害虫のように、兄を枯らしてしまった。その目は節穴か! なぜ美しい山を捨てて、泥沼で餌を漁るんだ? 恋? じょうだんじゃない、いい年して。その歳なら、情欲の炎も鎮まり、おとなしくなるはず。なぜ?どうして、こっちからこっちへ。目はないのか! 感情はないのか! 羞恥心はないのか!
王妃 もうやめて!・・・自分というものがわかったわ・・・このどす黒いしみは、洗っても落ちない。
ハムレット この色気違い! お前なんか、汗と脂と精液で汚れた豚小屋で、獣のように乳くり合えばいい!
王妃 お願い!・・・もうやめて!・・・わたしまでおかしくなる。
ハムレット 人殺しの悪党! 領土と王権を奪い取った詐欺師! つぎはぎだらけの道化の王め!  

 亡霊登場する。

ハムレット 天使よ、その翼で守ってください! わたしにどうしろと?
王妃 ・・・狂ってる!
ハムレット 頼りにならない息子を叱りに? なにか言ってください。
亡霊 忘れるな。現れたのは、おまえの鈍った決意を励ますためだ。見ろ、苦しむ母の顔を。弱い母を救ってやれ。
ハムレット 大丈夫ですか?
王妃 おまえこそ大丈夫? 誰もいないのに、話なんかしたりして。何を見てるの?
ハムレット あれを。あんなに蒼ざめて。
王妃 だれのこと?
ハムレット ほら、そこに。見えないの?
王妃 見えないわ。わたしには何も。
ハムレット じゃあ、声も?
王妃 聞こえない。
ハムレット ほら、あそこを。お父さんが出てゆく。
王妃 妄想よ、それはおまえの妄想よ。
ハムレット 狂ってなんかいない! 正気だ! 自分の罪を棚に上げて、僕の狂気のせいにしないで! お願いです。神に懺悔し、過去を悔い、もう罪を犯さないでください。
王妃 ・・・ハムレット、おまえはわたしの心を真っ二つにした。
ハムレット なら汚れた半分は捨てて、清い半分で生きてください・・・おやすみ・・・神にすがる気持ちになったら、僕にも祝福を・・・この老人には気の毒なことをした・・・神はこいつを罰し、僕も罰する・・・死体を片付けます・・・殺した以上、責任はとります・・・じゃあ・・・あなたを思って、ひどいことを。でもこの先、もっと嫌なことが・・・
王妃 わたしははどうしたら?
ハムレット 王とは絶対に寝ないで。甘い言葉でささやかれても、口臭のするキスをされても、首筋を撫でまわされても、これだけは言わないでください。「ハムレットは気違いのふりをしてるだけ」だと。
王妃 心配しないで。言わないわ、絶対に!
ハムレット じゃあ・・・この老人もやっと静かになった。口の減らない奴だったが、厳しい、いい顔になった・・・じゃあ・・・  

 ハムレットはポローニアスを引きずって退場する。王妃は残る。そこへ王登場する。

 ガートルード!
王妃 ああ、あなた、いま目の前で。
 どうした? ハムレットは?
王妃 狂ったの。発作にかられ、隠れていたポローニアスをひと突きで。
 なんということを。隠れていたのが、わたしだったら・・・だれか、だれかいないか?  

 ローゼンクランツとギルデンスターン登場する。

 ハムレットが狂ってポローニアスを殺した。手分けして、すぐに捜し出せ! 死体は礼拝堂へ運べ。ああ、それから、重臣たちにすぐに来るように言え!
ローゼンクランツ はい。  

 ローゼンクランツとギルデンスターン退場する。

 ガートルード、重臣たちにこの不慮の出来事の対応策を伝えよう。悪い噂は世界の果てまで飛び回るからな。  

 重臣たち登場する。

重臣 陛下、何事ですか?
 ばかなやつだ。きちがいがポローニアスを殺した。これ以上やつを野放しにしておいては危険だ。といって、厳しい罰を科すわけにはいかない。
重臣 なぜですか?
 無知な国民に人気がある。とにかくすぐにもイギリスへやることにする。それが一番の得策だ! 異存はないな?  
 重臣たちうなずく。ローゼンクランツとギルデンスターン登場する。

 わかったか?
ローゼンクランツ それが、何も言われないので、死体がどこにあるか・・・
 ハムレットは?
ローゼンクランツ 見張りをつけて。
 連れて来い。
ローゼンクランツ はい。  

 ローゼンクランツとギルデンスターンが退場しようとすると、ハムレットが現れる。

 ハムレット、ポローニアスは?
ハムレット 食事中です。
 食事?どこでだ?
ハムレット 食ってるのではなく、食われてるんです。蛆虫が寄ってたかって。
 ・・・
ハムレット 王を食った蛆虫で魚を釣り、その魚を人間が食う。
 なんだと?
ハムレット 王が乞食の腹の中を通る事もあるってことです。
 ポローニアスはどこだ?
ハムレット あの世。そこにいないなら、この世。ひと月たっても見つからないときは、広間の階段あたりから悪臭が。
 (従者に)捜せ!

 従者退場する。

ハムレット (従者に)あわてなくても、逃げないぞ!
 ハムレット、お前の身の安全のためだ。イギリスへ行くんだ。
ハムレット イギリスへ?
 私の気持ちをくんでくれ。
ハムレット あなたの気持ちは見抜いてます。イギリスか?・・・では母上。
 母はこれだぞ。わたしは父だ。
ハムレット 母上です。父と母は夫婦。夫婦は一心同体。だから母上です。では、イギリスへ。  

 ハムレットは退場する。王妃はハムレットを追う。

王妃 ハムレット!
 (ローゼンクランツとギルデンスターンに)おまえらもすぐに支度をしてハムレットをイギリスへ送り届けろ!。 狂った男だ。すぐにも足枷をはめてしまおう。親書はすぐに認める。出発は今夜だ。いいな。
ローゼンクランツ わかりました。万事抜かりなく。  

 王を残し一同退場する。 

王 イギリス王、これまでの好意に報い、わたしの命令に従ってくれ。ハムレットを即刻死刑に!  

 王はそう言って退場する。

第12場・物語  

 オフィーリアが登場する。狂っている。王妃がオフィーリアの狂態を見てついてくる。

オフィーリア 真剣・・・遊び・・・見分けられる?・・・男はみんな好き者・・・巡礼だってそうよ・・・いい加減・・・いっしょになると言ったくせに・・・男が言うの・・・寝る前はおれもその気だった・・・  

 オフィーリアは自分の世界に入っている。

王妃 (傍白)罪に悩む人間は皆同じなのか。ささいな事が不吉に思われる。不安がつのり、隠そうとしても顔に出てしまう。
オフィーリア (急に立ち上がって)デンマークの美しいお妃さまはどこ?美しいお妃さまはどこ?  

 オフィーリアは王妃を発見し、突然王妃につかみかかる。

王妃 (恐くなって)どうしたの、オフィーリア?
オフィーリア あの人は死んでしまった。あの人は死んでしまった。頭には草が茂り、足元には冷は死んでしまった。あの人は死んでしまった。頭には草が茂り、足元には冷たい墓石・・・   

 王、ホレイショー、その他登場して、狂乱のオフィーリアを見つめる。

 大丈夫か?
オフィーリア おかげさまで。フクロウは昔、パン屋の娘だったんだって。先のことはだれにもわからないものね。きっとよくなるわ。我慢しましょう。でも、泣けてしまうの。あんな冷たい土の中で眠ってるなんて。ご親切な言葉、ありがとう。さあ、馬車を! おやすみなさい、みなさま、おやすみなさい。優しい方たち、おやすみなさい、おやすみなさい。

 オフィーリアは狂乱の笑い声をあげて退場する。

王 後を追え!目を離すな!

 ホレイショー退場する。

 ガートルード、不幸はいつも束になって襲ってくる。  

 「王はどこだ?どこにいる?出て来い」レアティーズが大声をあげ、血相を変えて登場する。

レアティーズ 王はどこだ? どこだ? 出て来い!  

 レアティーズは王に剣を向ける。

レアティーズ 悪党! 父を返せ!
 落ち着け、レアティーズ。
レアティーズ 落ち着いてなどいられるか。
王 (家臣に)手を出すな! ここは私に任せろ。
レアティーズ 父はどこだ?
王 死んだ。 
レアティーズ どうして死んだ? もうどうなってもいい。復讐してやる!
 レアティーズ、親が死んだんだ。真相を知りたくないか? 敵味方も関係なく復讐するのか?
レアティーズ 馬鹿な、敵に決まってる!
 そうだろう。それでこそ親孝行の息子だ。わたしは無実。いずれわかる。  

 オフィーリア登場する。

オフィーリア ローズマリーの花言葉は、忘れないで。はい。忘れないでね。それからパンジー。ものを想う花よ。あなたにはおべっかのウイキョウと不倫のオダマキ。あなたには後悔のルー。これは恵み草とも言うのよ。それぞれ意味を考えて飾ってね。悲しい恋のヒナギク。これはわたしの分ね。忠実なスミレもあげたいけど、お父さまが死んだとき、みんな枯れてしまった。立派な最期だったって。   
レアティーズ 見てはいられない。だれだ、だれがお前をこんな目に会わせた?必ず復讐してやる!
オフィーリア もう帰らないの、あの人は?
 (歌う) もう帰らないの、あの人は?
 もう帰らないの、あの人は?
 そうよ、死んでしまったから。
 おまえも行って、死のベッドへ。
 あの人は二度と帰らない。
 ひげは真っ白、雪のよう。
 髪は銀色、麻のよう。
 あの人はいない、もういない。
 だからもう泣くのはやめて。
 あの人のために祈りましょう。  

 オフィーリアは歌を歌いながら退場する。

レアティーズ 見たかあれを。
 レアティーズ、お前の悲しみは痛いほどわかる。だれでもいい。お前が信用のおける者を連れてこい。その者とわたしの両方の言い分を聞いて、わたしに罪があるなら、この王国を与えてもいい。王冠も命もおまえのものだ。
レアティーズ ・・・わかりました。父の死に方、人目を忍ぶ葬儀、なにもかも納得がいかない。ぜひその真相を突き止めたい。
 それがいい。では一緒に。  

 全員退場する。照明ゆっくり暗くなる。

第13場・物語  

 ハムレットが親書を持って登場する。照明ゆっくり明るくなる。ハムレットは親書を読む。そして親書を真似て、偽の親書を書く。

ハムレット イギリス、デンマーク両国間の友好が続き、両国が永久に繁栄することを願って次のことをお願いする。この書状一読の上は、一刻の猶予もおかず、ハムレットを即刻死刑に。

 ハムレットは親書を真似て、偽の親書を書く。

ハムレット この書状一読の上は、一刻の猶予もおかず、本状持参のローゼンクランツとギルデンスターンを即刻死刑に!  

 ハムレットは、財布から父の指輪を取り出し、捺印する。そして封をし、親書を持って退場する。それとともに別の照明が明るくなると、ローゼンクランツとギルデンスターンを映し出す。刑執行人が登場してきて、二人に黒布をかけて引き連れてゆく。照明ゆっくり暗くなる。

第14場・物語  

 墓堀り登場する。鼻歌を歌って墓を掘る。

墓掘り 惚れたはれたは若気のいたり。楽しい思いもずいぶんしたが、今になってみればみんな暇つぶし。何の足しにもなりゃしない。寄る年波に逆らえず、あの世とやらに行っちまえば、(頭蓋骨を掴んで)見る影もないこの姿。  

 墓掘りの台詞の間にハムレットとホレイショー登場する。

ハムレット だれの墓だ?
墓掘り おれのだよ。
ハムレット (笑って)それはそうだ。お前が掘ってるからな。どこの男の墓だ?
墓掘り 男じゃねえ。
ハムレット 女か?
墓掘り 女でもねえ。
ハムレット じゃあ、だれだ?
墓掘り だれでもねえ。
ハムレット だれでもない?
墓掘り ああ、まっとうな死に方をしなかったんだ。
ハムレット 自殺か?
墓掘り ああ、柳の木の下で花飾りをつくっていて川に溺れて、賛美歌を歌いながら死んだから自殺じゃねえというが、おれはてめえから死んだと見てる。これがお偉方の娘でなけりゃ、まっとうな墓なんかにゃ埋めちゃもらえねえよ。
ハムレット いつから墓掘りをやってるんだ?
墓掘り イギリスへ送られたハムレット坊ちゃまが生まれた日からだ。
ハムレット そうか。なぜハムレットはイギリスへ?
墓掘り 気が狂ったんで、それを治しに。でも治らんでもいい。
ハムレット どうして?
墓掘り あそこはみんなイカれてる。
ハムレット (苦笑)・・・人間はどのくらいで腐る?
墓掘り そうだな、死ぬ前から腐ってなきゃ、まあ、八、九年ってとこだな。こいつは23年前に埋めた。
ハムレット だれだ? 墓掘り 
とんでもねえ野郎だ。おれにワインをぶっかけやがった。王の道化のヨリックだよ。
ハムレット ヨリック、それが? 見せてくれ。  

 墓掘りはヨリックの頭蓋骨を投げる。

ハムレット ヨリック。(ホレイショーに)よく覚えてる。しょっちゅう気の利いた洒落を言うやつだった。いつもおれをおぶってくれた。それがこのざま、ぞっとするな。おい、なにかしゃべろ。その出っ歯でみんなを笑わせたじゃないか?さあ、女のところへ行って言ってやれ。「そんなに顔を塗りたくっても、どうせこうなる」とな。  

 牧師、王、王妃、レアティーズ、廷臣たち登場する。

ハムレット 王だ。だれの葬式だ?
レアティーズ 埋めろ。汚れを知らない美しい体 から、スミレの花を咲かせてくれ。  

 棺を墓掘りが掘った穴に入れる。

王妃 美しい娘には、美しい花を。さようなら。ハムレットの妻になってほしかった。花を墓にまくなんて・・・
レアティーズ ああ、この何百倍もの悲しみがあいつに降りかかればいい。あいつがおまえを狂わせてしまった。(土をかけるのをさえぎって)待て! もう一度抱かせろ!   

 墓の中に飛び込む。

レアティーズ 五月の薔薇、優しい妹、可愛いオフィーリア! さあ、妹といっしょに土をかけろ!どんどんかけろ! 生き埋めにしろ!
ハムレット 大げさな真似はやめろ!
レアティーズ (ハムレットに掴みかかり)なんだと、この野郎!
 (吃驚して)ハムレット!
王妃 (同じく吃驚して)ハムレット!
ハムレット 手を離せ! 離さないと、何をするかわからんぞ。
 二人を引き離せ!
ハムレット (涙を流しながら)おれは愛してた、愛してた、オフィーリアを愛してた。たとえ兄が何万人いても、おれの愛にはかなわない! (レアティーズに)お前なんかになにができる? オフィーリアに何をした? 言ってみろ!
 こいつは気が狂ってるんだ。レアティーズ、がまんしろ。  

 ハムレットはオフィーリアを抱く。

ハムレット 昔からお前はおれの友達だ。だがそんなこと、もうどうでもいい。好きにしろ! そのうちすべてはわかる。

 ハムレットは退場する。

王妃 ハムレット!  

 ホレイショー、王妃もハムレットの後を追って退場する。

 (家臣に)ハムレットを監視しろ。なにをするかわからん。   

 王とレアティーズを残して一同退場する。

 あれはわたしを狙っている。
レアティーズ なら、なぜ処罰しなかったのですか? 父を殺し、妹も殺したのに。
 理由はふたつある。母親の妃には息子が生きがい。そして私にとっては、それが良いのか悪いのか、妃が生きがい、妃なしには生きていけない。もうひとつ、あれは国民に人気がある。
レアティーズ ・・・
 レアティーズ、父親をほんとうに愛してたか? それとも悲しみはうわべだけか?
レアティーズ まさか・・・
 疑ってるわけではない。口先だけでなく、実際に行動に移すべきだと言ってるのだ。
レアティーズ 教会だろうが、やつの喉を引き裂いてやります。
 それではだめだ!
レアティーズ なぜ?
 完璧ではない。ハムレットが死んでも、だれからも非難されない。母親でさえ不慮の事故としか思えない。そういうやり方でなくてはな。
レアティーズ それは?
 おまえはフランスへ行って剣の腕をあげたそうだな。ハムレットと賭け試合をするのだ。あいつは無頓着だから、剣を調べたりはしない。おまえは切先のある剣を選び、それでひと突きだ。
レアティーズ 念のため切先に毒を塗っておきます。行商人から買った猛毒で、かすり傷でも死にます。
 もしそれがうまくいかなかったら・・・そうだ!試合の途中で喉が渇く。毒入りのワインを用意しておく。あいつがひと口飲めば、それですべては終わりだ。
レアティーズ なるほど。  

 王とレアティーズ退場する。照明ゆっくり暗くなる。

第15場・物語  

 廷臣オズリック登場する。

オズリック ハムレット様・・・ハムレット様・・・  

 ハムレットとホレイショー登場する。

オズリック ハムレット様、無事のご帰国、心からお喜び申し上げます。
ハムレット ありがとう。
オズリック 早速ですが、国王陛下のご伝言を。
ハムレット その前に帽子を。
オズリック はあ?
ハムレット 帽子は頭にかぶるもんだよ。
オズリック ひどく暑いですので。
ハムレット 寒いよ。北風だぜ。
オズリック ・・・
ハムレット まあいいから話せ。何だ?
オズリック 陛下は殿下に大きな賭けをされました。レアティーズ様は、ご存知のように剣の達人。陛下は、十二本勝負で殿下に三本のハンディをつけられ、殿下がレアティーズに勝つとバーバリー産の馬六頭を賭けられました。それに対しレアティーズはフランス製の剣を六セットです。
ハムレット フランス対デンマークの賭けだな?
オズリック ・・・? 殿下がこの試合をお受けになるなら、すぐにもとのことです。ご承認いただけますか?
ハムレット いやだと言ったら?
オズリック それは・・・(流れる汗をふく)
ハムレット ・・・いいよ。
オズリック (思わず顔を上げる)
ハムレット 断ったら、恥だからな。
オズリック じゃあ、そのようにお伝えしても。
ハムレット ああ。
オズリック ありがとうございます。早速陛下に。  

 オズリックは帽子をかぶって退場する。

ホレイショー 勝てません。
ハムレット そんなことはない、練習はしてるよ・・・ただ、なんとなく厭な感じがする。
ホレイショー 気がすすまないなら、断ったら?
ハムレット 大丈夫だ・・・(天を見つめて)一羽のすずめが落ちるのも天の摂理。来るものは来る。今来ないでも、必ず後で来る(涙が流れる)・・・やるしかない。  

 ファンファーレ。王、王妃、レアティーズ、ホレイショー、オズリック、廷臣たち、試合用の剣を持った従者たち登場する。

王 ハムレット、レアティーズと和解を。  

 王はレアティーズの手を取ってハムレットと握手させる。

ハムレット 悪かった。知ってると思うが、僕は精神の病に冒されている。悪意はなかったんだ。許してくれ。
レアティーズ 名誉を回復するまでは、和解はできません。だが、友情は友情として素直に受けましょう。
ハムレット ありがとう。では正々堂々と試合を。剣を!
レアティーズ 剣を!
 ハムレット、賭けのことは聞いてるな?
ハムレット 弱い方に有利な条件です。
 そんなことはない。レアティーズが上達しているというから差をつけたんだ。  

 一同、試合の準備をする。杯に入ったワインを持った従者登場する。

王 ワインはテーブルに。ハムレットが一本取ったら祝杯をあげよう。太鼓はラッパに、ラッパは大砲に、大砲は天に、天は大地に伝えろ!「王がハムレットのために祝杯をあげる」と。  

 ファンファーレ。ハムレットとレアティーズは闘う。

オズリック 一本!
レアティーズ もう一度。
 待て。ワインをくれ。  王はワインを飲む。
 ハムレット、この真珠はおまえのものだ。おまえに乾杯!  

 王は真珠をワインの中に落とす。太鼓、ラッパ、舞台袖で祝砲。

 (従者に杯を見せて)ハムレットに。
ハムレット この一番をすませてから。置いといてください。   

 ハムレットとレアティーズはふたたび闘う。

ハムレット もう一本。
レアティーズ かすった。
オズリック 一本!
 いいぞ!   

 太鼓、ラッパ、舞台袖で祝砲。

王妃 (ワインの杯を持って)ハムレットの幸運を祈って乾杯!
王 ガートルード、飲むな。
王妃 いいえ、いただきますわ。   

 王妃はワインを飲んで杯をハムレットに差し出す。

ハムレット あとで。
王妃 (ハンカチを取り出して)汗をふいて。
ハムレット 本気でやってないみたいだな。思いっきりこい!
レアティーズ なら手加減しないぞ。  

 ハムレットとレアティーズはみたび闘う。

オズリック 引き分けだ!分かれて!  

 レアティーズは後ろを向いているハムレットを刺す。

ハムレット やったな!  

 かっとしたハムレットは猛然と襲いかかる。つかみあいのうち、偶然二人の剣がとりかわり、その剣でハムレットはレアティーズを刺す。王妃が倒れる。

オズリック 王妃さまが・・・
ホレイショー 二人とも血が。(ハムレットに)大丈夫ですか?
ハムレット 母は?
 血を見て気を失った。
王妃 いいえ!・・・ワイン、ワインよ・・・ハムレット・・・ワインに毒が・・・

 王妃は死ぬ。

ハムレット ドアを閉めろ!謀反だ!犯人を捜せ!
レアティーズ 犯人はここだ。ハムレット、あなたの命もあとわずか。凶器はその剣。切先に毒が。卑劣なたくらみが、自分にはね返ってきたんです。お互いを許しましょう。
ハムレット (うなずいて)おれもすぐ行く。
レアティーズ ああ、もうだめだ・・・口がきけない・・・王の・・・王の陰謀です。  

 レアティーズは死ぬ。

ハムレット 切先に毒? ならこの毒こそ!  

 ハムレットは王に向かっていく。

 助けてくれ!  

 ハムレットは王を刺す。

ハムレット さあ、飲め! 不義非道のデンマーク王、この毒を飲め! 飲め! お前の真珠だ!  

 王は死ぬ。

ハムレット もうだめだ、ホレイショー・・・母上、もうだめです。お別れです・・・どうしたみんな?怯えているじゃないか・・・ああ、時間がない・・・話すことが山ほどあるのに・・・ああ、もうだめだ・・・ホレイショー、事の真相を伝えてくれ・・・
ホレイショー わたしもいっしょに。まだワインが・・・
ハムレット (ホレイショーを必死でつかんで)だめだ、君は生きろ、生きてくれ、このままではおれの汚名が後世まで残る・・・少しでもおれのことを思うなら・・・・死ぬより生きて・・・伝えてくれ、ハムレットの物語を・・・ああ、もうだめだ、ホレイショー・・・毒が全身に回った・・・もうしゃべれない。  

 ハムレットは死ぬ。

ホレイショー 殿下!  

 ホレイショーは、ハムレットを抱きかかえて天にまで届くほど号泣する。王、王妃、レアティーズ、そしてハムレットの死骸。一同はこの悲惨な光景をただ呆然と眺めているだけである。

エピローグ・現在  

 そして、しばらくして・・・突然、一同はこれまた天にまで届くほどの割れんばかりの拍手・歓声をあげる。ハムレットを抱きかかえていたホレイショーだったが、この拍手・歓声とともに二人の体がゆっくりと離れる。ハムレットは、じっとホレイショーを見つめる。そして拍手をしている一同を見回す。

ハムレット わたし・・・演じたのね?
俳優たち (大きくうなずく)
少女 最後まで演じたのね。
俳優たち (大きくうなずく)  

 すると拍手していた俳優の一人が言う。

俳優 見られる・・・そこにいるあなたは?
少女 見られる・・・そこにいるわたしは?   

 続いて他の俳優も同じことを言う。

俳優たち 見られる・・・そこにいるあなたは? 
俳優たち 見られる・・・そこにいるあなたは?
俳優たち 見られる・・・そこにいるあなたは?

 少女ははじめての劇体験に言い知れぬ喜びが溢れてきている。少女の目はもうあの現実に負けていた虚ろな目ではない。光り輝いている。  少女は思った。演劇は、現実の状況を現実以上に現実的にとらえる〈力〉があることを。少女は未来への希望に溢れて、あたかもハムレットが劇中劇を思いついたときのように、全身に漲るエネルギーを感じてゆっくり退場する。その少女の意気揚揚とした姿に、俳優たちはじぶんのことのように喜び、歓声をあげて退場する。  ・・・だれもいなくなった空舞台に次の文字が浮かび上がる。

 芝居
 それは昔も今も 自然に向かって鏡をかかげて
 真実をはっきり示し 時代の様相を鮮明に映し出すことである
 ―ウィリアム・シェイクスピア―
 『My Hamlet』完結
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